尻拭い(テオドール視点)

 三年生のダンスが済むと、それぞれの社交やダンスの時間である。

 王と王妃に社交界デビューの挨拶をする者のみその場に残るように指示が出たが、明らかに今日がその日ではない制服の生徒が何人か残っていた。

 そのうちの一人騎士の子息の二年生は、集会でも今朝もこちらに突っかかってきた男子だ。


「ここに残っていいのはデビュタントとそのエスコートだけだろう。関係のない生徒は疾く散れ」


 排除しておいた方がいいと判断してテオドールが声をかけると、青年は自分を睨んできた。


「王に奏上があり、残っている」


「僕から代わりにお伝えしておく。今日はパーティーを楽しめと言われているだろう」


「貴方に伝えても無駄だ。どうせ握り潰すだろう。貴方の失態なのだから」


「まさか! 今日の王の話を聞いた後にそんな事をすると思うのか?」


 するに決まっているが、目の前のこの男を丸め込まないといけない。

 テオドールは誠実な笑顔を貼り付けて男に言った。


「僕はお前の立場を心配している。王にはデビュタント達との謁見もある。それを乱すのはご不興を買う行為だろう。僕への伝言が不安ならば、うちの父と話してもらってもいい」


 だが、彼の決意は揺らがなかった。重々しく首を振ってはっきりとテオドールの提案を拒否した。


「我々はラスタン商会から夜会服を購入した生徒を代表してここに残っている。制服に合わせてあつらえられたこの一式のおかげで今日は恥をかかずに済んだし、王は宴を楽しめと仰られていたのも分かっているが、使えない服で多額の借金を負った状況ではとても楽しめない。学生会の紹介で掴まされた物だ。泣き寝入りするわけにはいかない。王立学園の創始者たる国王陛下にこの旨を報告し、救済を願いたい」


「日を改めるべきだろう。王を煩わすな」


「我々は学生で家の爵位も高くない。今日を逃せば謁見の機会を作るのが難しい。だから断る」


「だから、我が父キュステ公爵と……」


「こんなところで何を揉めているの。王の御前だよ」


「リアム!」


「王太子殿下! お騒がせして申し訳ありません。学生会の紹介で不当な契約を結んでしまった学生達の代表として王に奏上したい旨があり、こちらで待機しておりましたところ、キュステ公爵令息に不敬だと咎められておりました」


「君は確か、近衛のリッツ卿の……」


 苗字を呼ばれた青年は嬉しそうに顔を緩ませ、床に片膝をついて深く頭を下げた。


「一介の騎士である父をご記憶くださり光栄です。私はユルゲン・リッツと申します。ダスティ子爵令息より、今回の制服をご手配いただいたと聞き及んでおります。おかげで全員がこの場に参加できる運びとなりました。感謝いたしております」


「今回の実務の責任者は僕だから、当然の事をしたまでだ。頭を上げて」


「今回の制服の手配は僕だろ。リアム。お前は学校に来ていなかったんだから。人の功績を自分の物のように言うなよ」


「やあ、久しぶり。テオ」


 まるで困った子供に対するような視線が投げかけられて、そこでやっと自分の事を認識したかのような態度を取られる。


「人の話をちゃんと聞いていたのか? 人の功績を取るなと言っている。ダスティに実務をやらせたのは僕だ。学生会に関わっていないくせに自分の手柄のように言うなんて、相変わらず卑怯だな」


 リアムの眦がすっと細められて、唇の端が一瞬下がって上がった。

 彼がこんな顔をするのを見たことがない。まるで別人のようで、テオドールの足が無意識に震えた。


「君は最初の顔合わせの一度しか打ち合わせに来なかったよね。僕も最初のうちは別の仕事で忙しくて最後の数回しか行けなかったし。テオドール。王室側の担当者が子爵の政務官だったから自分が来る必要はないと思った? まあでも最終的にダスティが来てくれたおかげで物事がスムーズに決められて助かったよ」


「そうやってお前は僕の事を貶めるんだな!」


「事実を口にして貶めると言われても困る。王の御前を騒がせちゃいけないんだろう」


 今までのリアムだったら、しどろもどろにこちらの思惑に乗って反応してきたはずだ。だが、今はどうだろう。全く相手にされていない、と感じる。


「ああそうだ。回りに誤解されたくないから言っておく。衣装についてはダスティ子爵令息が不安がっていたから、伯父上に相談したら伯父上の商会で受けていただける事になった。それで万一に備えて頼んでおいただけだ。こういうのは功績とは言わない。尻拭い、と言うんだ」


「尻拭い……だと?!」


「僕の名前で発注したから、僕の手配という事になっているけれど、学生の皆が気持ちよく不安なく夜会に参加できるように骨を折るのは当然の事だ。だから功績にはならないよ」


 明らかにテオドール以外に聞かせるためにはっきりと口に出されたその言葉に、その場からまだ離れていなかった生徒達から口々にリアムへの感謝の言葉が発せられる。


「我々は殿下に感謝しております!」


「寄り添っていただいて嬉しいです!」


 メンツを潰されたのを感じて、怒りで腹の中が煮えたぎる。

テオドールはリアムの胸ぐらを掴もうとした。


「お前! 王太子の身分を笠に着て最低だな!」


「どうしたの?」


 そこに穏やかな声が割り込んできて、テオドールが顔を上げると、自分によく似た容貌の男がいつの間にかこちらに戻ってきていた。

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