地を這う虫、理想の少女(テオドール視点)

 爽やかな風を感じさせる初々しくも軽やかな二人のダンスに湧く会場をテオドールはキュステ公爵家に割り当てられたスペースの壁際で悄然と見つめていた。

 継承権が消えたと明言こそされなかったが、貴族達の集まる中で本来呼ばれるはずの順位で名前を呼ばれなかった。

 それに、リアムに祝いの言葉を真っ先にかけた男は今までテオドールこそが王太子に相応しいと周囲に言って憚らなかったテオドール派の先鋒だった男だ。

 少し前まで自分に心酔していた彼が突然リアムの支持に回った事は、青天の霹靂と言っても過言ではない。

 あのリアムが、自分より何もかもが劣っていたリアムが、ああして皆の脚光を浴び、楽しげに舞踏会の中心で踊っている。

 彼が決して持つことはないと、彼は決して自分に勝てないと思っていた根拠が覆った事が信じられない。

 テオドールは無意識に親指の爪を噛んだ。

 エミーリエとルドルフのせいで今回王に任された仕事にケチがついたせいか、それともリアムとソフィアに温情をかけて始末しなかったのが悪かったのか。

 ただ、王はテオドールがリアム達を売り飛ばした事を貴族達の前で詳らかにせず遊学としたのだから最悪の状況ではない。

 公爵令嬢であるソフィアに瑕疵をつけたくないのだろうが、表沙汰にされなければ罪に問われる事はない。

 まだ何とかなるはずだ。

 立ち回りを考えて逆転しなくてはいけない。

 リアムがああやって持ち上げられるのは間違っている。正しい状態にしないといけない。

 あれに相応しいのは、背中を丸め、こちらと視線を合わせられずに俯いて虫の様に地を這う姿だ。

 現実を直視することはできず、ただその目を昏く輝かせたテオドールは、地上に降りた星の様な煌めきを見せる二人を見つめた。


 ダンスが終わると会場で割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 壇上に彼らが戻ると、典礼大臣が告げる。


「王立学園の生徒は前に。時期は少し早いが、このパーティーが卒業パーティーの代替となる。三年生が皆の前でダンスを披露するので、一・二年生は先輩の姿を記憶し来年に活かすように。なお本日のパーティーを社交界デビューとする者は後ほど別途王と王妃への謁見の場を設ける。この場では王女レジーナがデビュタントの代表して王と王妃より言葉を賜り、エスコートのリベルタ大公と会場の中心で踊られる。一生に一度の記念の折ゆえ背筋を正し、恥ずかしくない姿を披露するように」


 ドレス姿と制服姿の生徒が三年生を真ん中に両端を一年と二年で固めて列を乱さず、会場の後ろから中心に移動する。

 こうして制服姿の集団を見てみれば、壇上の軍装の王達とある程度の調和が取れていて違和感がない。

 制服姿の集団に戸惑っていた貴族達も、綺麗に整列して王の向かいに並ぶ彼らを見て、おおむね好意的にその姿を受け入れているようだった。

 本来ならばテオドールも二年生の列に入らねばいけないのだがそんな気にはなれず、先輩や同級生が緊張と期待半々の表情で壇の下に並ぶのを無為に見つめた。

 整列が済んだところでエリアスのエスコートでレジーナが壇上から降りてきて、三年生の前で壇上を振り返ると背を伸ばした後に足を引き、王と王妃に向かって完璧な折膝礼を取る。

 テオドールは鬱屈した気持ちも一瞬忘れ、その姿に釘付けになった。

 リアムの妹であるレジーナは自分よりも一歳下にもかかわらず、伸びやかな肢体の美しい少女だった。

 近い身長の婚約者ソフィアは痩せぎす貧乳で色気が皆無だったが、レジーナは清楚なデビュタントドレスで目立たないように補正していても隠しきれないたわわな胸を持っていて、コルセットを締められた腰は細くくびれている。スカートの膨らみの下の長い足への期待が高まった。

 もちろん親戚なだけの事はあり、身体だけではなく顔も極上だった。

 父親譲りの冷たいアイスブルーの瞳の色だけは好みから外れるが、顔立ちは甘やかで愛らしさがある。

 顔も体も、端的に言えば理想的な造作をしていた。清楚なのにいまだに花開いていない妖艶さがある、人を惹きつける少女だ。

 可愛げと胸の大きさだけの空っぽ女のエミーリエよりもそそる。

 会場の男のほとんどが、似たような劣情を催したに違いない。


「本日より社交界への参加を許す。王族としての責務は重い。華やかな楽しみに溺れず国民に寄り添い、粉骨砕身して国に尽くすように」


「まだ慣れぬことも多い中の社交界への参加、不安も多いと思います。華やかな世界ですが、同時に罠も困難も多い場所でもあります。一人で抱え込まず、私や後見人のリベルタ大公に相談してください」


 王として言葉を与える父親に、母親として言葉を与える王妃。

 対照的な二人に、鈴を振ったような声が応えた。


「厳しくもあたたかなお言葉、痛み入ります。本分を忘れず兄を手伝い、国の発展に努めます」


 その声も理想的だった。ベッドの中で甘く鳴かせたいと思わせる劣情を誘う良い声をしている。


「期待している」


 二人が玉座に戻るのを待って少女は姿勢を正すと、白い長手袋を嵌めた手でエリアスの手を取って会場の中心へと向かった。

 一、二年生が壁際にはけて場所を作り、三年生達が二人組になってそれを囲むように踊りの位置へ立つ。

 基本のワルツが会場に流れるとエリアスとレジーナが踊り始める。

 自分によく似たエリアスと理想的な美少女のレジーナ。

 その二人の夢のように美しいダンス姿をテオドールは食い入るように見つめた。

 そのダンスの間だけテオドールは忌々しい現実から目を逸らす事ができた。

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