王の演説1

 ヴィルヘルムが跪いた兄に手を差し出して、エリアスがその手を取って立ち上がる。

 ヴィルヘルムとエリアスは抱擁を交わして壇上に共に体を向けて貴族達に向かい片手を上げた。

 ヴィルヘルムは今まで生やしていた髭を落としてすっきりと若々しくその姿を整え、その印象を陰鬱で威圧感の凄まじい王から、壮年の自信に満ち溢れた快活な王に変えている。

 マントの意匠だけが違う揃いの軍服を身につけたエリアスと並ぶと兄弟らしさが際立った。

 兄の美貌の影に隠れて若い時は特に目立つ事もなかったが、ヴィルヘルムも十分に整った顔貌をしており、輪郭や口元などはよく似ていた。

 また数年で大陸の小国群を一つにまとめ上げた実績に見合う貫禄があって、こうして並んでいてもエリアスに存在感を食われる事はなく、彼もまたカリスマなのだと認識させられる。

 割れんばかりの拍手が会場を覆い、しばらくして静寂が戻ると典礼大臣が告げた。


「これにて、叙爵を終了する」


 それを受けて、おもむろに宰相が口を開いた。


「二十年前、エリアス殿下が乗っていた船が海賊に襲われた。それは皆も知るところだと思う。詳細は省くが、その時に殿下は今は亡きリヒャルト・シュミットメイヤーによってその命を護られリベルタ統治領に落ちのびられた。我々は海賊と思い込んでいたが、実際には大陸に悪名が轟いていたジェネラル・フロストと呼ばれるニコライ・ナザロフ率いるノーザンバラの一軍であり、殿下はその身を守るために隠伏されて私掠船団の船長に身をやつした。その十年後、イリーナ・ノヴォセロクに拐かされノーザンバラの手に渡るところだったレジーナ王女殿下を私掠船団員が助けた事をきっかけにケイン・シュミットメイヤー、現フィリーベルグ公爵と協力してナザロフを捕縛し、絞首刑に処した。本来であればそこで帰還が叶ったはずだったが、メルシア連合王国の王位継承について不必要な諍いが起きる可能性を憂い、身分を隠したままフィリーベルグ公爵やリベルタ統治領前総督と共に海賊諸島の治安回復、統治領の発展に尽力されていた。リベルタ統治領全域に走る街道と鉱山開発については殿下の功績と言えるだろう」


 すらすらと宰相が説明したのはこれまでの経緯だ。

 そこで貴族達から感心の声が上がった。

 この二十年でのリベルタ統治領の発展は誰もが知る事であり、それが彼の手腕、という部分への納得と賞賛の声である。


「殿下、どうぞ」


「統治領視察の襲撃において私と共に船に乗っていた臣の身内がこの会場にもいると思う。その者達に陳謝する。私一人生き延びてしまった事、申し訳なく思う。日を改めて個々に謝意を示したいと思っている」


 エリアスの声は、ヴィルヘルムのように轟くものではない。静かで穏やかで、その頬を流れる涙やためらいなく下げられた頭と共に、会場にいる全てに沁み渡る。


「地獄のような……あの船で、唯一、かろうじて私が生き残れたのはシュミットメイヤー名誉爵、ここにいるケインの父であるリヒャルトの献身の賜物だ」


 悲惨な船内の状況を思い出したのか、一瞬だが声を詰まらせたエリアスがそれでも言い切り、ヴィルヘルムがそれを受けて続けた。


「連合王国統一戦争の折の赤狼団の猛勇は味方として時に敵として皆、記憶に残っていると思う」


 冗談めかしたヴィルヘルムの言い方に場が沸いた。五公家の誰か、言わずともがなベルニカ公であるが、から『味方だったが、奴等は恐ろしすぎてうちの兵は軒並み漏らしていたぞ』とヤジが飛び『公爵もでしょう!』と雑ぜる声も聞こえて、一部から笑いが起こって空気が緩む。


「統一戦争終結の折から私は彼らに公爵位を打診してきたが、彼らはシュミットメイヤー名誉爵が兄上を守れなかったとその地位を固辞していた。帰還した兄を含めて改めて話し合い、本家嫡男であったケイン・シュミットメイヤーが公爵となり、その後継に赤狼団団長であるベネディクト・シュミットメイヤーの孫であるライモンドを擁立するという条件で公爵位に叙爵できる運びとなった」


 そこでケインとライモンドが王に向かって礼を取る。


「それに関連し、ケイン・メルヒオール・トレヴィラス改め、シュミットメイヤーの生存についても説明しておく。当時ノーザンバラ帝国による謀略で彼がユリア姫を毒殺し、近衛二人を斬り殺したと冤罪を掛けられたため、私がその死を偽装して城から逃し、彼は私の代わりに統一戦争終結、ノーザンバラ継承戦争関与への地ならしの為に各地を動き回った。彼がいなければ、あそこまで早くノーザンバラから穀倉地帯を奪い取り無力化させることはできなかっただろう」


 戦争を知る者達は、王が匂わせている意味を感じ取って身を震わせたが、若者達は首を捻るだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る