死者は甦り、贋物は失意に満ちる

「静粛に!!! 王の御前である!!」


 宰相の声に貴族達は姿勢を正して口をつぐんだ。仮初の静寂の浮ついた空気の中、王はベアトリクスを壇上に導いて王妃の座に座らせ、自らは玉座の前に立った。


「今日は王位継承についての発表を行うと伝えていることもあり、今からの流れに疑問を覚える事も多いだろうが、必要なことゆえ説明は後回しにして、まずは叙爵を行う」


 王の言葉と共に五公しか使えないはずの入り口が開けられて、王と色違いの緋色と白と金色の軍装に黒マントを佩いた二人の赤毛の偉丈夫が堂々とした足取りで入って来て、貴族達は先程注意されたにも関わらずどよめいた。

 特に旧メルシア王国出身の老齢の者ほど動揺を抑えきれないようだった。


「ケイン・シュミットメイヤー。ライモンド・シュミットメイヤー、これへ」


 宰相の呼びかけに完璧な所作で礼を取り、王の前で跪いた二人に王自身が告げた。


「ケイン・シュミットメイヤー。汝をフィリーベルグ公爵に叙爵し、現在の赤狼団自治領を与え、後継として赤狼団のライモンド・シュミットメイヤーを養子とする事を認める」


 それに謝意を示した二人は立ち上がると王妃に侍るようにその後ろ横に立った。


「死んだはずでは?!」


「公爵? どういう事だ??」


「静粛、静粛に!」


 宰相が再び声を張り上げたが、会場のざわめきは止まらない。


「黙れ!!」


 そこに雷鳴のようなヴィルヘルムの一喝が会場の隅々まで轟いて一同は慌てて口を噤んだ。

 静寂が会場の隅々まで行き渡ったところで、典礼大臣が宰相に手渡された紙を読み上げた。

 その声は美声を誇る普段の彼からは考えられないほど、掠れて震えていた。


「エリアス・マンフレート・トレヴィラス殿下、レジーナ・エリザベート・トレヴィラス殿下、ご入来です」


 華やかで圧倒的な空気を纏って、直系王族のみが使える特別な入口からその人が足を踏み入れた瞬間、全ての視線がエリアスの上に惹きつけられる。

 誰一人咳一つ落とさず、その一挙手一投足から目を離せなかった。

 白いドレスをまとったレジーナをエスコートし、悠然と玉座のある壇上に登ったエリアスは臈たけた微笑を浮かべて会場へ向き直って礼をとる。

 その瞬間、何人もの口からうっとりとしたため息が漏れる。

 エリアスが王太子として活躍していたのを知る世代は彼の圧倒的な存在感を思い出した。

 微笑み一つで人を惹き込み、所作の一つで意のままに場の空気を作る特別な存在だ。


「私、エリアス・マンフレート・トレヴィラスは、国王陛下に忠誠を誓います」


 エリアスは国王ヴィルヘルムの前で恭しく膝を折った。その姿は王に対する真摯な忠誠心に満ちていた。


「エリアス・マンフレート・トレヴィラスを旧メルシア王国地域国王直轄領及びリベルタ統治領の一代大公に封じる」


「謹んでお受けします」


 王が家臣を大公に任命する、あるいは兄が弟に忠誠を誓う。ただ、それだけの光景だ。

 だが、誰もそこから目を離せない。

 もちろんその場で呆然とそれを眺めるテオドールもだ。

 それを見つめる時間が長いほど、胸の裡から敗北感というドス黒い汚泥が湧き上がってくるのが分かる。

 確かに顔立ちはよく似ている。自分の方が瞳の色は珍しいとすら思う。

 従兄弟とはいえ親子ほども年齢が違う。いくら若く見えても彼はもはや四十を過ぎた中年男だ。自分の方が若さという伸び代がある、そうやって彼に勝てそうなところを並べてみも、彼が醸し出すこの独特の空気を纏えるイメージは全く浮かばない。


 彼に似ていると言われて生きてきた。


 生まれ変わりと信じ込む輩も多かった。


 死者と比べられる鬱陶しさはあったが、他方で死者であったが故に自分の権威を押し上げてくれる装置ではあったのだ。

 だが、それが生きて皆の前に姿を現したということは、死者に借りていた権威が喪われ、その権威を持つ本物と比較される状況になったということだ。

 本物と模造品。

 磨き上げられた本物の金剛石とガラス玉。

 鷹と夜鷹。

 彼がいない状態ならば、誰も彼も自分を本物に足るものだと信じ込んで持ち上げていたが、こうして本物が生きて現れたとなれば、皆、テオドールの事を本物に劣る模造品だったと認識する。

 エリアスの再来とちやほやした人間は、今度は自分のことを生きているエリアスと比べ、出来の悪い贋物と嘲笑するだろう。

 ソフィアの帰還に続いて、平民の傭兵と軽んじられたシュミットメイヤーは叙爵されてテオドールの家と同じ地位につき、平民の妾と蔑まれたリアムの母は公爵家に連なる正統な王妃の座についた。

 そして王兄エリアスの復帰。

 直視したくない現実がテオドールを着実に追いつめていた。

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