狭められた選択肢(テオドール視点)

 結局、縫製工場も仕立て屋も決まらないまま一週間が過ぎた。


「まだ決まらないのか?!」


 テオドールは八つ当たり気味にインク瓶を投げつけた。

 がちゃんとルドルフの顔の横でそれが割れて、インクが壁と彼のローブを汚す。


「あ! 危ないじゃないか!!」


「うるさい! カールマンはこの忙しい中、休学したし、お前は何の役にも立たない!」


「し、しかたないだろ! それを言ったらあなたが一番ツテを持ってるじゃないか! 自分で探せよ!」


「は? 僕の持ってる伝手だってちゃんと使ってる! 条件が折り合わないだけだ! どいつもこいつも足元を見やがって! ルドルフ、お前実家から金を引っ張れないか?!」


「無茶言うな! 確かにうちは貸金業もやっているが、親がガチガチに管理してて動かせない。あなたこそ公爵閣下に頼んでなんとかしろよ!」


「そんなこと出来るか! 陛下に任された仕事だぞ! 僕は僕の実力でこれを片付けて次代の王に相応しいと認めさせるんだ。親なんて頼れない。だいたい服はともかく馬車と入場の手配は済ませただろ」


「確かにそうだけど、礼服の問題を片付けない事には困った立場になるだろう?」


 静かに書類を書いていたジョヴァンニが口を挟もうとするのをテオドールは止めた。


「お前は口を開かず書類を進めろ。雑用」


 だが、彼の口は止まらなかった。眉を上げてまるで挑発するようにテオドールに言う。


「こっちだって突き上げを喰らって困ってるんです。下位貴族は裸で行けとでもおっしゃられるんですか?」


「そんなことは言ってない! ああ、お前はそうやって偉そうな口を挟んでくるぐらいだ。どこかの業者を見つけることができたんだよな!」


「父が取引を始めて伝手が出来たので、オクシデンス商会に頼んでみますよ」


「そことはもう決裂している。使えない奴だな!」


「あそこで礼服を作った時に探った感じ、まだ余裕ありそうでしたけどね。あなたが頭を下げて懇願すれば、なんとか捻じ込めるんじゃないですか?」


「なぜ、僕が頭を下げなきゃならないんだ?」


「国の威信もありますから、下げられない状況もあるでしょうけど、必要ならば王だって頭を下げるものでしょう。リアム殿下はそうしていましたけど」


「貴様! 雑用の分際で!」


 ジョヴァンニはテオドールの柔らかい部分を的確に抉ってくる。かっとなって胸ぐらを掴んだところで、場違いに軽いノックの音が響いた。


「テオ、良いかしら。あのね、ドレスのオーダーをするのにモチーフをなにか合わせられたらと思って」


 ふわふわの笑顔で、差し入れの菓子を手にこの緊迫した空気も読まずに入ってきたエミーリエにテオドールは怒りと絶望を強めた。


「は? この状況で、お前の着るドレスの相談?」


 ジョヴァンニの事もエミーリエの事も殴りつけなかった自分を褒めてやりたい。

 苛立ちを隠さず眉間の皺を深めると怯えた顔の少女は両掌をこちらに向けて左右に振った。


「えっ! あの! それも相談したいんだけど、それが本題じゃなくて! あのね、仕立て屋さんが大量発注を受けられますって言ってくれたからテオに紹介したくて」


「なんだよ! それを早く言えよ。エミー。君はやっぱり僕の女神だ」


 肩を抱いてこめかみに口付け、頭を撫でてやるとエミーリエはふにゃりと笑う。その笑顔は可愛らしい。問題も多いが彼女の愛らしさは格別だ。


「僕はエミーリエとその仕立て屋へ行ってくる。ルドルフ、お前も来い。金に明るい人間が必要だ。後の雑用は任せたぞ。雑用。壁の汚れも落としておけ。戸締りを忘れるな」


 雑用と蔑み、そちらを一瞥もしなかったテオドールは殊勝に諾を答えたジョヴァンニの日頃よりもさらに細められた糸目に薄い愉悦が浮かんでいることに気が付かなかった。

 まして、テオドールの面前でがオクシデンス商会を持ち上げたのも、良い評判で偽装して女生徒の噂づてにエミーリエに評判の良くない商会に興味を持たせたのも、リアムが出来ると言って煽ったのも、全ては計画を見直すタイミングだと分かる所を頑なに突き進むように、ジョヴァンニがテオドールが選べる道を、より細く危険な方向へと誘導していたことになど気づくことはなかったのである。

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