ジョヴァンニ、王子と再会する(学生会書記視点)

 地味に仕立てられた馬車に乗せられ、ジョヴァンニが連れてこられたのは王宮だった。


「案外落ち着いているな?」


「先生が殿下と言っていたから多少の予想はついていました……いや、緊張してないわけじゃないですけど」


 意外そうに眉を持ち上げたライモンドにジョヴァンニは答えた。


「それより先生がなんで私を迎えに来たんですか? 転職でもしたんですか?」


「元々俺はあいつの護衛だからな。教師はついでだ。なので、お前が殿下の害になるような事をした場合は有無を言わさず切り捨てる」


 飄々とした剣術指南の授業の時の雰囲気はそのままに物騒な事を言い出したライモンドにジョヴァンニは肩をすくめた。


「殿下がテオドール殿下でなければ大丈夫です」


「安心しろ、それだけはない。ほら、ここだ。失礼します。連れてきました」


「入って」


 聞き慣れない声に首を傾げながら入室すると、応接のソファーに見慣れない青年と仮面の男が腰掛け、その後ろに赤毛の長身の男が控えていた。


「ジョヴァンニ、久しぶり! 苦労をかけただろう?」


 会った記憶もない青年が立ち上がって歓迎を示して、親しげに話しかけてくる。

 この快活な青年と自分はどうやら知己のようだ、と考えてジョヴァンニはひとつの可能性に思い当たった。


「リアム殿下??」


「え? そうだけど……何言ってるの?」


 戸惑ったように眉がへにょりと下がってジョヴァンニの知った顔になった。


「自分がどれだけ変わったか自覚ないんですか?!」


 思わず他の目も気にせずに突っ込むと、横の仮面の男が声を殺して笑う。


「ほらね、言っただろう」


「背が伸びたな、ぐらいの気持ちだったんだけど」


 身長が伸びただけではない。

 ジョヴァンニの知るリアムはいつも胃の辺りを手で抑え、低い背をさらに丸めて小さな声でぼそぼそと喋る、声変わりも終わっていなかった地味な少年だ。


「何もかも違いますよ。殿下の中でなにかすごい変化があったんですね。いいことだと思います」


 さくっと返して、ジョヴァンニは続けた。


「それで殿下。いつ学生会に復帰してくれるんですか。もう限界です」


 一年の時、苦難を共に乗り越えた気安さと、今まで口に出来なかった限界を口にして、ジョヴァンニは爆発した。


「あいつら書類作成も帳簿作成も何もかも俺にやらせるんですよ。俺は書記で会計は別にいるのに。しかも学生会の金で私的な飲み食いするわ、めんどくさいって理由で今までの慣例をぶち壊して、結果数十倍面倒になったのに、責任も取らずにこっちに後始末を押し付けてくるわ。入試組の友達に手伝ってもらったんですけど、あいつらの暴言が酷くてそっちの関係も壊れちゃったし、口だけは上手くて意識ばっかり高い権力を持ったクソ野郎どものベビーシッターなんてこれ以上やってられません。もう学校も辞めようかと思っていたんです」


「ジョヴァンニ。ごめんね。大変だったよね」


 リアムが駆け寄ってきてジョヴァンニの肩を抱いて謝罪してくれ、ソファーに座るように誘導してくれる。

 席に着くとリアムがその横に座り、流れるように茶菓子とコーヒーが置かれて喫食が勧められる。

 ものすごく美味しいが素材もなにもよく分からない茶色い焼き菓子を食べ、コーヒーを飲む。

 それは前にリアムが出してくれた物よりもさらに美味しくてとりあえず怒りが収まった。


「先程は失礼しました……もう一年近く耐えてたので、つい」


「僕もテオドールから離れたら胃薬いらなくなったよ。ジョヴァンニは大丈夫?」


「胃は強いのでそっちは大丈夫です。で、学生会に復帰してくださる話でないなら、なんで俺を呼んだんですか? そちらの方は?」


 矢継ぎ早に尋ねるとリアムは鼻に皺を寄せる。


「君の仕事を増やしてしまうので申し訳ないんだけど……」


「は? もう無理です! 無理無理! リアム殿下のためでも、もうひと頑張りもできません! 帰っていいでしょうか?」


「せめて最後まで聞いて!」


 もう帰ろうと、腰を浮かせたジョヴァンニをリアムが肩を押さえて止めた。二人で攻防を繰り広げていると、苦笑混じりの聞き心地のいい声が割って入ってきた。


「失礼。ダスティ子爵令息。私はリベルタから来たアレックス・オクシデンブルグ。オクシデンス商会の商会長で男爵位を賜っている」


「リベルタのオクシデンス商会?! 実は我が領で新開発した発泡白ワインがありまして。女性向けの軽くて甘いデザートのような味わいの物ですが、どうですか? リベルタの流通に乗せていただけませんか?」


「流れるようにセールストークが入るね。君の協力如何によってはそちらに有利な条件で取り扱おう」


「リアム殿下、話を聞きましょうか」


「え、ジョヴァンニ、そんなタイプだっけ……」


 リアムが何度も瞬きをする。そもそも家の商売の話をした記憶もない。身分知らずが王子にとりいったなどと言われたくなかったから。

 あの学生会室で出る話なんて、学生会の仕事への愚痴ぐらいだ。


「俺は今必死なんですよ。家族に相応の金を払わせて入った学園を辞めるんです。その負債分を払拭しないと申しわけが立たないでしょう」


「辞めるなんて言わないで。二ヶ月後に王宮で大夜会を行う。それが終わったら僕も復帰するから頑張って欲しい」


「二ヶ月。無理です。第一リアム殿下が復帰して風除けになってくださるにしても、貴方だってあの増長したクソどもに胃をやられて一週間で倒れますよ。抑える人間がいなくてやりたい放題ですからね」


「そこは大丈夫。彼らも反省してくれると思う。話を聞いてもらっていいかな?」


 渋々聞き始めたジョヴァンニは、リアムの話が進むにつれて態度を改め最終的にはにんまりと人の悪い笑みを浮かべて全面的にその計画に協力し、テオドール達の情報をリアムに流しつつ、彼らの動きをコントロールする事を約束した。

 ジョヴァンニ・ダスティは機を見るのも上手いのだ。





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