学生会書記とリアムの思い出(書記視点)

 ジョヴァンニ・ダスティ子爵令息。王立学園二年、学生会書記。

 連合王国における貴族再編の結果、伯爵から子爵に降爵したものの、父が商売を始めそれなりに成功した事によって没落をまぬがれ、また、自身の成績も良かったおかげでジョヴァンニは一年前に王立学園の門をくぐる事ができた。

 だが、希望を胸に入った学園で彼はすぐに打ちのめされた。

 こちらを入試組と呼ばわり身分を笠に馬鹿にする、伯爵以上の爵位を維持できた家の子息達。

 筆頭はキュステ公爵令息のテオドールだが、他の高位貴族の令息令嬢も似たようなものだ。

 居心地の悪い学園生活に、こんな所で時間を無駄にせず、最初から父のもとで跡を継ぐ準備をすれば良かったと不満と後悔だけが募る。

 そんなことを考えながらぼんやりと歩いていたらどん、と角の向こうから小走りで走ってきた少年と出会い頭にぶつかった。


「痛っ……! 危ないだろ! 廊下をはし……!」


 ぶつかった相手を確認せずに怒鳴りつけ、それが誰が認識してジョヴァンニは青ざめた。

 手に持った書類をぶちまけ、床に尻もちをついているのは、ヴィルヘルム王の息子であるリアム王子だったからだ。


「で、殿下! 申し訳ありません!! お怪我はありませんか?」


 慌てて立ち上がれるように手を貸し、書類というよりも乱雑に書かれたメモ書きの束のような物を拾い集めて手渡し、床に両膝をついて叩頭する。


「私の不注意で申し訳ありませんでした」


「え……その、あ、あ! 頭を上げて。ぼ、僕が廊下を走っていたのが悪かったんだから、そ、そんな風に謝らないで!」


 ほっそりとした手を差し出されて立つように促され、ジョヴァンニはそれに従った。


「なぜそんなにお急ぎだったんですか?」


「敬語じゃなくていいよ。学園では身分は関係ないからね。あ、ごめんごめん。なんで急いでたかだっけ? 学生会の会長に、会長を変わるって言われて引継ぎを受けたんだけど、明日締切の奴とか混ざってて。閉門までに終わらせたくて急いでたんだ」


「え! そんなに急に?!」


「テオドールと僕は王族だから、会長もやりにくいみたいで泣きつかれたんだ」


 王子は会長を悪く言わなかったが、嫌がらせもあるのだろうとジョヴァンニは推測した。

 目の前の彼が王の庶子である事も、王の血筋か怪しいと陰口を叩かれて疎まれているのも知っている。


「あっ、ごめんね。もう行かないと。もしどこか痛みが出たら教えて。医者の手配をするから」


 どれほど悪い噂が立っていても、彼はこの国の後継者だ。この学園で最も高い地位にいる。

 だが彼は一切その身分に頓着せずこちらに気を遣って思いやりを見せてくれる。

 そのことにジョヴァンニの胸が熱くなった。

 そして、自分から離れて歩きはじめた彼がほんのわずかに足を引きずっているのを見て、たまらずその小さく丸まった背中に声をかけた。


「あの! リアム殿下! 自分は親の手伝いで書類作成や経理作業をかじっています。なにか手伝わさせてください!」


 驚いた顔で振り向いたリアムが目を見開く。


「え、本当に? あ……でも悪いし」


「切羽詰まっているなら、猫の手だって使う物でしょう?」


 そう押し切ってひとしきり学生会室で書類仕事を手伝い、無事に閉門前に書類を書き上げた。


「なんとか終わりましたね」


「おかげですごく早く終わったよ。ありがとう。ダスティ子爵令息。字も綺麗だし書類作成の技能も素晴らしいね」


 ぺこりと頭を下げられて、満更でもなくこめかみを掻いてジョヴァンニは気がついた。


「なんで、俺の名前を知ってるんですか?」


「だって、同じ学年だし」


 当たり前のように返されたが、これは当たり前の事ではない。

 その後、リアムから改めて学生会の書記として働かないかと打診を受けて受諾し、ここまでやってきた。

 一年生の頃は副会長のテオドールはひたすらいけすかない上に当然のように人に仕事を押し付けるし、会計の三年生も似たようなタイプだったが、かなりの部分をリアムがフォローしてくれて一年間なんとか会を運営していくことが出来た。

 だが、二年生になってリアムは理由も分からないまま突然休学し、会長代理となったテオドールと彼の推薦で学生会に入った取り巻き達に道具のようにこき使われて、ジョヴァンニはそろそろ限界だった。


「学校も辞めれば学生会を辞めてもあれこれ言われないかな……」


 閉門間近の人気のない廊下をとぼとぼと歩きながらひとりごちる。

 廊下の角を曲がろうとした途端に誰かにぶつかり、ジョヴァンニは尻餅をついた。


「……ってえ」


 去年のようにぶつかった相手を怒鳴りつける気力もなく、のろのろと顔を上げるとそこには壁がそそり立っていた。


「ヒェッ……」


 いや、壁ではない。がっちりとした筋肉に長身で赤毛の、熊のような大男がジョヴァンニを睥睨している。


「静かに。殿下がお待ちだ」


「あれ……ライモ……」


 リアムと同じように新年度から休職していたライモンド先生では、と口に出そうとして、男が静かに、というジェスチャーをしている事に気がついてジョヴァンニは口を噤んで頷いた。

 ジョヴァンニ・ダスティは仕事の出来る男なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る