覆水は盆に返らず3(過去編、ヴィルヘルム視点)
「お前、妹に何をした! なぜ、彼女の腹は膨らんでいる?!」
レオンハルトはオディリアの兄で、自分とは少し年が離れており、手のかかる弟のように見られていた。
生真面目な男だから叱られる事はあっても自分に対して怒りを見せることはなかった。
だが、その彼が今まで一度も見たことがないような怒りを見せて、虚空を見上げて大きくなった腹を抱えて意味のない言葉を呟く妹を抱きしめて、涙を流している。
「リアを愛していた……。ずっと、兄貴と結婚する前から。彼女の顔を見たくて、様子を見に忍んで行ったら兄貴が閨を共にしに来たと勘違いされて……抗えなかった」
ばちん、と頬がなって唇が切れる。滲んだ血を拭ってヴィルヘルムはうなだれた。
普段手など上げない男の一撃など大した事がないはずだが、人生で一番の痛みを感じた。もちろん痛むのは頬ではなく胸だ。
「それが罷り通ると思っているのですか! この腐れ外道が! 私は絶対にお前を許さない! ここまで来てしまったらもう堕胎もさせられないと分かっているのか! オディリアは胎が強くない! ユリアの時も五年は開けろと言われていたのは知っていただろう! だからエリアスは本来ならば跡取りの男児が必要なのに、頑なに次の子を儲けようとしなかった。前回の出産から二年も開いていない。出産したらどうなるか分かるよな! 愛しているなどと綺麗な言葉で飾り立てるんじゃない。それはただの欲望で、お前のやった事はオディリアとエリアスへの裏切りだ!」
「……わかってる! その通りだ!」
普段は決して崩さない丁寧な言葉遣いをかなぐり捨てて責められる。それは全て事実で正論だから、自分可愛さに涙を流す事もできない。
「すまなかった。許されようとは思ってない……悪かった」
誰に対するものか分からない謝罪を繰り返し、床に頭を擦り付ける。
「オディリアと胎の子は我が家に連れ帰って、私の子として育てる! もうここには置いておけない!」
「嫌だ……頼む。連れていかないでくれ。彼女は俺の心の支えなんだ。図々しいとは分かっているが、彼女と俺の子供と他人になりたくない。全てを産まれてくる子に譲りたい」
足に縋りつき、必死に懇願する。そんな事を言う事は烏滸がましいと理解しているが、願わずにはいられなかった。
「……本当に、図々しい……」
その時はヴィルヘルムを突き放し、オディリアを連れ帰ったレオンハルトだったが、刺客に襲われ、彼の父親とオディリアに仕えていた侍女が彼女の身代わりになって亡くなり、オディリアの病状が重くなって彼女を再び王宮に連れてきた。
そして、彼はヴィルヘルムに枷を掛けたのだ。
ノーザンバラ帝国を打ち倒し、メルシアをエリアスとオディリアが望んだ穏やかで皆が幸せに過ごせる国にする事と、全てにおいてそれを優先する王となる事。
それと、オディリアとオディリアの胎の中の子を何に替えても護る事。
ヴィルヘルムは一も二もなくそれに頷いた。
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