震える手
「長い話になるでしょうから、皆で座れるよう私室に移動しませんか? ライモンドとケイン。貴方方は、きっちりシメ……っと、説明してもらいますからね」
真っ先に動揺から立ち直ったベアトリクスが扇子をぱらりと開いて優雅に微笑む。
それを見てライモンドが隠れるようにケインに飛びついた。
二人揃って乙女のような怯え顔を見せ、了解の意で頭を振ってみせると母は納得したらしい。
確かに母は厳しいがあのケインとライモンドがああいう顔を見せる理由は分からない。
「陛下もお立ちください。王がそのように動揺するものではありません」
「ああ……」
「宰相閣下はどうされます?」
「行くに決まっているでしょう! 少々お時間を。今すぐ周囲一帯人払いをしてきます。エリアスは一応その仮面をつけておいてください。今の時点で生きていると知られたらことだ」
「レオンは相変わらず冷静だな。っと、コケた……。そうだった、あいつは慌てると良く転ぶ」
どこか険を含んで、皮肉げに意地悪げに笑うアレックスにテオドールみを感じてリアムは一歩引いた。
「あの表情、名前を言いたくもない汚物によく似ていて、全然違うと分かっていてもムカつきますわ」
どうやら似たようなことを思ったらしいソフィアが堂々と口に出したが、常と違ってケインからの非難がましい視線は感じない。
彼はライモンドとこそこそと母に聞こえないように話をしていてこちらに意識を向けていないようだ。
普段は落ち着き払っている大人達が皆、狼狽している。
リアムにとってそれは目から鱗が落ちるような経験だった。ヴィルヘルムもケインもレオンハルトもアレックスさえも自分と同じように動揺し、狼狽して、感情的に動くのだと認識できた。
偉大すぎる父は国という物の為に動く正確な歯車のような物だと認識していたが、絶対者ではない不完全な人間なのだと見せつけられた。
「ベルニカ公爵令嬢。家族の問題に付き合わせてしまいますが、よろしくて? 貴女が望むのであれば御両親が西の宮殿に滞在していますので、そちらでお待ちいただく事もできますけれど」
ベアトリクスの問いにソフィアが答えた。
「両親という事はお母様だけではなくて、お父様まで来ているんですか?」
「とても心配されていましたよ」
「二人とも心配してくださっていたのですね……。んー。まあ、私は特に問題なく帰国できましたし、後少し待たせるのも誤差ですわね。ここで外される方が気になります。ぜひご一緒させてください。妃殿下、リベルタでのリアムの様子もお話しさせていただいてもよろしいですか?」
ソフィアが動揺も緊張もせず、快活に母に話しかけるのが意外だが、母も歯に衣着せぬ性格をしている。初対面でも馬が合うのだろう。
「まあ、それは嬉しいわ。リアム、私はベルニカ公爵令嬢と一緒にお話ししながら行きますから、貴女はレジーナ嬢をエスコートなさい。大人達は使い物にならなそうですからね」
「あ……はい、母上。レジーナ。一緒に行こう」
手を差し出すと、震える指がためらいがちに持ち上がって、再び力なく落ちる。
「僕は頼りないと思うけど、頼って欲しい。エスコートさせてくれ。兄として君の力になりたいよ。レジーナ。こんなに不安そうに震える君を放っておけない」
リアムは咄嗟にその震える手を包み込んだ。兄妹といっても実感は乏しかったが、守ってあげたいという気持ちが湧き上がる。
「……わたし、帰ってきたらいけなかったの? 迷惑だったの?」
「そんな事ないよ。父上達となにか行き違いがあるんだよ。アレックスさんもケインさんも君の事を大切に思っているのは間違いない。ちゃんと話せば分かり合えると思ったから連れてきたんだと思う。僕だって、あの人とちゃんと話せたことがないんだ。きっと国を継ぐための駒の一つぐらいにしか思われていない。だけど、僕達よりも関係が深いアレックスさん達がそう選択したんだ。二人を信じて話に行こう」
「……んっ。ごめんなさい。ずっとひどい態度をとって。優しいね。お兄ちゃん」
目の端に涙を浮かべた異母妹がそう言ってリアムの腕に縋りついた。それを宥め、母達の後ろについてリアム達は王の私室へと河岸を変えた。
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