謁見

「さて、行こうか」


 謁見の間の前で衣服を正して仮面の位置を調整したアレックスがリアムに声をかけた。

 それに頷き、ライモンドに頼んで謁見の間の扉の前の衛兵に声をかけさせ、扉を開けさせた。

 リアムはソフィアをエスコートし、アレックス達を後ろに従えてモザイクタイルで美しく飾られた床を進み、タペストリーの飾られた壁際の段上の天蓋の下、王と王妃の顔の見える位置で膝をついて礼を取ると顔を上げた。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。ライモンドとこちらにいるオクシデンブルグ男爵のおかげで無事帰国する事が出来ました」


 リアムの顔を見た瞬間、なぜかヴィルヘルムが立ち上がりかけ、後ろに控えたレオンハルトの咳きで我に返った様に玉座に腰を押し付けて大仰に頷いた。


「リアム、よく戻った。ランス……今はケインを名乗っているのか? 久しぶりだな。後でベアーテと語らう時間を取るといい。オクシデンブルグ男爵、その方にも褒美を取らそう。希望する物はあるか?」


 アレックスが下げたままの頭をさらに深く頭を下げると、レオンハルトが眉をほんの少し上げながら告げた。


「直言を赦す。面を上げるといい」


「卑賎の身ゆえ、このままで失礼します。王の臣下として殿下をお助けするのは当然のこと。ですが、褒賞をいただけるのでしたら義娘のデビュタントの許可をいただきたくお願いいたします。それと、一つ私からの質問にお答えいただければ僥倖にございます」


 腰を落とし、礼を取る少女を見たヴィルヘルムはあからさまに眉を顰めた。


「……レジーナか? ケイン、なぜ連れてきた」


「彼女も貴方の娘でしょう。ノーザンバラの問題は片付いた。一度ぐらい父親の顔を見せてやりたいと思うものではありませんか?」


 問いに答えたケインに激昂したように声を荒げたのは、ヴィルヘルムではなく宰相のレオンハルトだった。


「情……か? ケイン、そう言えばお前は常に感情に振り回されて特大の迷惑を振り撒く子供だったな。レジーナ姫はその存在だけで火種になる。お前も国の為に決して連れ帰らないという判断が出来ると思っていたが買い被りだったか?」


「宰相閣下。レジーナは現在、王籍を抜けており、王家の継承問題に影響を与える事はないと思われます。それよりも先に私の質問にお答えいただけますか? 王家の根幹に関わる重要な話です。積もる話はその後でお願いできますでしょうか」


 アレックスが大きく声を張った。父や宰相の様な迫力のある声ではないのに、不思議と場を制する染み込むような響きがある。

 黙り込んだ宰相と対照的に、ヴィルヘルムが何か感じ取ったかのように玉座から立ち上がり、アレックスの前に立った。


「その声……面をあげよ。そしてそのふざけた仮面を取れ」


「お断りいたします。お見せできるような顔でもありませんので」


「王の命令だ!」


 穿いた剣の柄でヴィルヘルムはアレックスの顎を持ち上げた。

 凍てつくアイスブルーの瞳が、アレックスの仮面の奥の瞳を凝視する。


「やれやれ。乱暴な事だ。そんなにこの顔に興味がある? がっつく男は嫌いなんだが」


「いいから、その面を拝ませろ!」


 ヴィルヘルムがその大きな手を伸ばし、乱暴にアレックスの仮面をむしり取った。

 仮面に覆われていた美貌がその場に顕になり、レオンハルトとヴィルヘルム、それにベアトリクスが凍りついた。


「顔を見て満足したか? ヴィルヘルム。では、私から質問だ。リアムの本当の両親は誰だ?」


 それに答えず、言葉を失ったヴィルヘルムはへたりとその場に崩れ落ちた。


「あに……き」


「そうだよ。お前の兄だよ。ヴィルヘルム。久しぶりだな」


 二十年ぶりに兄弟は顔を合わせた。

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