教育方針
親子の再会が済み、ケインが席に着くのを見計らったかのように、赤毛のメイドが素朴な菓子の乗ったワゴンを押して入って来て、紅茶と菓子をサーブして出て行く。アレックスとアンゼルマが話し始めたのを確認して、リアムは聞いた。
「ケインさん大丈夫ですか?」
濡らした布を腫れた頬に当てたケインはすっきりとした表情で肩をすくめた。
「もちろん大丈夫だ」
「おばあさまが暴力を振るったのが意外でした……」
意外と言うか、正直なところ引いている。家族からの鉄拳制裁、有体に言えば暴力行為だ。それが虫も殺せなさそうなたおやかな祖母から繰り出されたのだ。
母も大概厳しかったが、殴られたり叩かれたりはなかった。
「本家は基本的にうち以上に脳筋ですからね」
そこに飄々とした声が割って入る。聞き慣れた響きだがその声を聞くのは久しぶりだ。
「ライ!」
「元気でしたか? 特に問題なく?」
「うん。まあつつがなくここまで戻ってこれたよ」
ちらりとアレックスとの事が頭の隅をよぎったが、それは表に出さずにリアムは頷いた。
「ケインさん、男前が上がってますね」
「お前も二目と見られないぐらいまで男前をあげてやろうか?」
「おお、怖。ほら、これでも食べて。大伯母上、ケインさんが帰ってくるっていうんで、張り切って作っていたんだから。殴られるような事言ったんでしょ? 親子じゃないとか」
「……もう、菓子で機嫌を取られる赤ん坊じゃないんだが」
そう言いながらもケインは嬉しそうに三日月に捻られた焼き菓子を口にした。どうやら子供の頃好んで食べていたものらしい。
「懐かしいな……」
「ねえ、ライモンド。シュミットメイヤーって殴られるのが基本なの? 僕は母上にそんな事された事ないけど……」
ライモンドの袖を引いて尋ねると、男は頷いた。
「痛みを理解しなきゃ、どこまで敵に痛みを与えられるかも分からないでしょ? それにうちのガキ共は基本的にやんちゃが多いから、きっちりシメとかないと命に関わるので、ガンガン殴られますね。ベア姐さんもそうやって育てられているはずですけど」
「姉上の方がそうやって怒られる事が多かった。俺は出来のいい子供だったから、途中から両親に殴られるような事はしなくなったからな。久しぶりに食らったよ」
「出来がいいって自分で言います?」
エリアスは国中の良家の子息から彼をより抜いたと読んだ事がある。そして、ケインは実際そうだったのだろう。時折垣間見せる恐ろしさはあるが、表面的には物腰は穏やかで仕事も出来て頭の回転が早く身体能力に優れている。
「あ、僕は母上に殴られた事はないですよ」
母は自分に対してそういう育て方はしなかった。もちろん自分が臆病で常に母の後ろに隠れて危険な事をやるような性質でなかったせいもあるだろうが。
「あの姉上が殴らない?? 意味のない暴力が俺を襲っていたのに?!」
「リアムは穏やかだから、井戸の淵に立って遊んだり、馬の後ろから近づいたり、来客のカツラを取って投げ回るような事をしなかったんですよ」
「それは、実体験だな?」
「ええ、まあ」
リアムはそれに乾いた笑いを返すしかなかった。
「ベルグラード家も似たような物じゃないか?」
ライモンドがそう話を振ると、淑女らしく黙って座っていたソフィアが肩をすくめた。
「うちはやりたいことをやらせる放任ですわね……。そこで死んだらそこまでの人間だったという。ただ淑女教育については手を鞭打たれたり、背中に棒を入れられたりしましたけど。まあ、わたくしは特に手を焼かれていましたから、普通はそこまでやらないかと思いますわ」
ケインがひどく辛そうな顔でソフィアを見て、食べやすそうな菓子を小皿に盛って差し出した。
「王都の物よりも素朴だとは思うが、うちの故郷の味だ。食べるといい」
「え? ありがとうございます?」
ケインの親切に首を傾げたソフィアは知り合ってからほぼ見せたことのない淑女の動きで紅茶を飲んで菓子を口に運ぶ。
初めて来るリアムの祖母の屋敷で、公爵令嬢らしからぬ動きは出来ないということだろうか。
「とても美味しいですわ」
「それは母に伝えてくれ。さて、ライモンド。お前が来たということは算段が取れたということだよな?」
にこりと本物であろう微笑を見せたケインがライモンドに水を向けた。
「もちろん。明日の夜10刻、謁見の間で宰相も一緒だ。謁見に必要な服装はわかるな。リアムとソフィアはそのままで大丈夫だ」
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