不肖の息子

 リアムの祖母の家は、学生街のある王都下町地区とは宮殿を挟んだ反対側、貴族達の邸宅のある閑静な一角にある共用庭園付きの小ぢんまりとしたタウンハウスだ。

 玄関の前に馬車を停め、ケイン以外はフードを被ってドアの前に立ちノッカーを鳴らす。

 使用人が出てくるかと思いきや、ドアが開いて顔を見せたのはケインに良く似た初老の女性、リアムの祖母アンゼルマだった。


「母上……」


 呻くようにケインの口から声が漏れる。

 それを彼とそっくりな垂れ目で一瞥した祖母は、静かに、だが有無を言わせぬ声で一言言った。


「早くお入りなさい」


 祖母の案内でホールを通り、応接室へと通されて、リアムはフードを取った。


「おばあさま、お久しぶりです」


「大きくなりましたね。ライモンドに聞きました。苦労したようね。無事な顔を見れて良かった」


 遠慮しながらも抱擁を交わして、リアムはソフィアを紹介した。


「彼女はベルニカ公爵令嬢、ソフィアです。リベルタでは彼女にたくさん助けてもらいました。ライモンドにも。あと、彼らにも」


 綺麗な礼を取ったソフィアに続いて、アレックスがフードを下ろして姿勢を正して礼を取る。だが、アレックスが口を開く前にアンゼルマがアレックスに話しかけた。


「お久しぶりです。殿下。ライモンドから聞き及んでおります。王族の皆様に頭を下げられるほど偉くなった覚えはありません。頭をおあげください。ご生還お慶び申し上げます。さ、おかけください」


 微妙な空気感のまま、リアム達は応接室の椅子に腰をかけた。ただ一人、ケインを除いて。


「母上、ご無沙汰しておりました……」


 よそよそしく頭を下げたケインの前にアンゼルマが立ち、ツンとした口調で口を開いた。


「まだ母と呼んでくれる気はあるのですね。貴方は王に剣を向けて殺されたと伝えられた。それが、実のところ生きていて王の暗殺者、処刑人として裏社会に生き、今は王妃と駆け落ちした事になっているとベアから伝えられた私の気持ちが分かりますか? 確かに貴方が王家の養子となった時点で家族の縁は切れています。貴方は聡かったから覚えてはいるでしょうが、八歳の子供が貰われて数年経てばもう親子の情がなくなるだろうともわかっています。けれども」


 アンゼルマはケインに抱きついた。


「腹を痛めて産んだのは私です。生きていたのなら、貴方自身から連絡が欲しかった。長い便りでなくても、生きています程度の便りで良かったのに」


「申し訳……ありません」


 恐れなど覚えたことなどなさそうな男が、恐々とした様相で老婦人の肩をそっと抱きしめ返す。


「俺……私は、不肖の息子です。幼い頃から叩き込まれた父祖の教えを忘れて、怒りに我を忘れて忠誠を誓うべき王に刃を向けた。この手を血に染め老若男女を斬り捨てた。そして私の大切な者のために必要になれば、あなたの事も斬るでしょう。私はそのようなひとでなしなのです。だから連絡はできなかったし、これからも死んだと思って欲しいのです」


「ケイン、そこに直りなさい」


 身体を離したケインが一歩引いて膝をつくとアンゼルマはおもむろにその頬を殴りつけた。


「え?!」


 平手ではない。拳だ。

 歯こそ飛ばなかったものの、顔は横を向き、その頬は赤く腫れている。

 上品な貴婦人然とした祖母の暴挙に、全員茫然と成り行きを見守るしか出来ない。


「王に刃を向けたのは万死に値します。ですが、それは赦された事です。そして、誰であろうとも敵であれば斬り捨てるのが戦士として当然です。我々の父祖はそうやって王に忠誠を誓って敵を屠って生きて来た。それを人でなしなどと貶める事は許しませんよ!」


「はい。申し訳ありません」


 ケインは、もう一度謝罪の言葉を繰り返す。


「私が聞きたいのは謝罪ではありません。家に帰って来た時はなんというのですか?」


「ただいま、帰りました。母上」


 噛み締めるように言ったケインの頭を祖母は幼い子供にそうするように再び抱きしめた。

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