ケイン動揺する

 キュステでライモンドが手配した赤毛の御者が操る馬車に拾われ、リアム達は王都ノイメルシュへと戻ってきた。


「悪かったな。到着が遅くなってしまって」


「いいえ。構いません。体調はもう大丈夫ですか?」


今だにやつれの見えるアレックスの体調を慮ると、男は首を振った。


「日常生活に差し支えがない程度には復活してる」


 本人に気が付かれないように探ってみたが、アレックスはケインの言った通り、寝込んでいた時の事を覚えていないらしい。何も知らないという態度をとるのは心苦しかったが、本人も覚えていないおかげでなんとか気が付かれずに済んでいる。


「夏なのに涼しいのね。ハンバーでも思ったけど、ハンバーよりもキュステ、キュステよりもノイメルシュの方が涼しい気がする」


 馬車の窓を開けて身を震わせたレジーナを見て、ソフィアが闊達な笑い声を上げた。


「わたくしは北国の出身ですからノイメルシュでの初めての夏はとても暑く感じましたわ。でもリベルタ帰りの今は涼しく感じます」


「慣れれば悪くないんだが、海亀島はともかく暑くて蒸しているからな。寒さと乾燥にやられないように気をつけるんだよ。ジーナ」


 上着を脱ごうとするアレックスを制してケインが手荷物に入れていたものをレジーナに渡した。


「ケインは準備がいいわよね。あ! ねえ、あれはなに?」


 ケインは、たいしたことではないとて言いたげに無言のまま小さく肩をすくめる。


「ゾンネンリヒト凱旋門。賢征王の偉業を記念して建てた記念門だよ」


 ノイメルシュには来たことがないと言って物珍しげなレジーナにソフィアと二人で車窓から見える街の名所の解説をしつつリアムは目を見開いた。


「ん? この道って……」


「リアムはこの道に覚えがあるのか?」


 ケインの問いにリアムは頷いた。


「はい。その……多分ですけど、おばあ様の家に行く道だと思います」


「お前に言うなと書かれていたから黙っていたが、シュミットメイヤー夫人の邸宅で落ち合う手配がされている」


 それがライモンドの手によるものとリアムも確認したが、手紙自体はアレックス宛になっていて、それを読んだ彼はライモンドが手配した秘密を守れそうな邸宅としか言わなかった。



 瞬間、ケインが立ち上がり頭を馬車の屋根にぶつけ、両手でぶつけた頭頂部を抱えて前のめりに座り込んだ。


「大丈夫ですか?!」


「……ない!」


「え?」


「だいじょばない! どの面を下げて母上と会えというんだ! おおよそ二十年死んだことになっている、王の命を狙った不祥の息子だ! ライモンド、あのクソガキ覚えてろよ!」


 リアムは、常に落ち着いていて、いや、アレックスに関することで少々大人気ない雰囲気を漏らす事があったが、そこはさておき何かで動揺したり慌てたりするとは思わなかった。


「安心しろ。ケイン。お前の姉が側妃になっている以上、お前の母も事の事情は飲み込めているだろう。正直俺も会うのに勇気がいるが、リヒャルトの最期を話して礼と詫びを伝えないといけないと思っていたから、ちょうどいいと思ったんだ。母親としてもお前の顔を見たいだろう」


 アレックスが言ったが、ケインはそれに首を振った。


「母上を知らないから言えるんだ。まあ、殿下は大丈夫。恨み言も受け入れるって顔をされてますけど、あの母ならあなたが生きているだけで喜びの涙を流して快哉を叫びますね」


 ひきつった顔でアレックスに謎の敬語まで繰り出すケインにリアムは再び首を傾げることになった。


「何回かしかお会いした事がありませんが、おばあさまはとてもお優しい方でしたよ」


「……だと、良いんだが」


 ケインは暗い顔でそう答えて、馬車の窓枠に腕をついて深い深い溜息を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る