廃棄された庭

 リアム達は墓所を出て人気のない王宮を歩いていた。

 最近作られたノイメルシュの新王宮と違って古い建物と新しい建物が入り組んでいて、分かりにくい。


「たしかこっちに行くと住んでいたところだった気がする。行ってみていい?」


 特に行く当てもないから、昔住んでいた辺りに足を進める。確か庭の隅に四阿があってテーブルと椅子もあったように思う。

 野山のように自然の風景を模して作られた庭で隠れやすくて好きだった記憶もある。

 昔よりも寂寥感が増した庭を抜け、四阿にたどり着くと、ガゼボはあるものの椅子もテーブルも撤去されていた。遷都して以降、誰も使ってない離宮の庭の手入れは見苦しさがない程度の手入れをし、余計なものは片付けてしまったのだろう。


「昔は椅子があったから休めるかと思ってたんだけど」


「あら、そこ。分かりにくいですけど、奥に道が繋がっていますわ」


「ほんとだ。レジーナは行ったことある?」


「ないわ。そもそもこの辺りに来た事もないし。私達が住んでいたのは逆翼だと思う。五歳までしかここにいなかったし、よく覚えてない……。何度か殺されかけたのは覚えてるけど」


 レジーナの口から飛び出たこの王宮の思い出話は血生臭かったが、リアムにも覚えのある話だった。


「小さい時はまだ国も荒れていたから。僕も三回ぐらい死にかけたって」


「……暗殺者に追われて隠れたことは?」


「子供の頃は数えきれないぐらい。おかげさまで空気になるのが得意で、浮気現場に乗り込むのに役に立った」


 自虐混じりの言葉だったが、レジーナはそれに共感を見せた。


「同じだったんだ。あんたは私と違って、父親に守られて甘やかされてぬくぬく暮らしてるんだと思ってた」


「……生きてるって事は護られてたって事だとは思うけど、あの人が僕に関心を向けた事なんてないよ。じゃなかったらどう見ても他人の子の僕を後継に据えるものか。あの人は国を大きく発展させることにしか興味がない。だから赤狼団と宰相家の血を引く僕を次の王位につけるのが都合がいいんだ」


 渇いた薄ら笑いを漏らすと居心地悪げにソフィアがぐいっとリアムの腕を取る。


「王族の子供時代殺伐としすぎていませんこと?! わたくしが幼い頃ベルニカは最前線の戦場でしたけど命の危険を感じたことありませんわ。苦労されたんですわね。ああ、もう、暗い話はおしまいにして、行ったことがないなら探検しましょう。ここで二人揃って陰気な顔してるより、ずっとマシです。ほら、ジーナも行きますわよ」


 レジーナも引っ張ったソフィアに押されて四阿の奥に続く小道を進むと植栽の繁茂した区画に出る。


「ここが通れそう」


 レジーナが見つけた植栽の隙間に身体を滑り込ませ、リアムもそれに続いて、目の前に広がる空間に目を瞬かせる。


「苺畑だったのかな? 抜かれたのがまた生えてきた感じだけど」


「城の中に畑はないと思うけど」


 首を傾げたリアムとレジーナにソフィアが手を叩く。


「食べましょう!」


「え……。ソフィア、お腹空いたの? こういう所になっているのを口にするのはちょっと」


「こういうのこそが美味しいんですわ! 父に連れて行かれた演習で食べましたけど、最高でした」


「軍事練習?」


「ええ。わたくしが幼い頃、父は私を女でもベルニカの後継になれるようにと育ててくれたのです。ノーザンバラと小競り合いの続く騎士団に付いて回って、可愛がってもらっていましたわ。色々な反対があって結局そうはならず、あの汚物との婚約がまとめられてしまったのです」


 そう楽しかった思い出を話すソフィアの口調に一抹の悔しさが滲んでいる。


「食べようか。棘が木に付いているか確認して」


「どうしてです?」


「「棘のない木になる苺は毒だから」」


 図らずもレジーナと声が揃って、リアムは驚き苦笑した。


「僕は母上に子供の頃から口を酸っぱくして言われたんだ」


「私はケインから。苺は食べるな、毒味はできないって言われてたんだけど、木になっているのは偽苺と棘苺の区別がつくから、もしも食べる時は棘の苺かよく確認して、自分でもいで食べるようにって」


 棘のない木になる苺は毒性の強い偽苺、棘のある木になる苺は棘苺と呼ばれるとても美味しい木苺である。事故もままあるのだが、棘苺の美味しさは抜きん出ているため、ディフォリア全土で人気がある。


「ケインとリアムのお母様って姉弟でしたっけ。そこのお家の家訓なのかしら?」


「パパの……アレックスの娘さんは毒の苺を食べて亡くなったから」


「待って……じゃあここって」


 三人で顔を見合わせて、伸ばしかけた手が止まる。


「やめて、おきましょうか」


 ソフィアの言葉に三人で頷き合い、苺の庭を出てガゼボまで戻ることにした。

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