墓参
「いやいや、待って待って待って! なんで僕達離宮の中にいるんですか?!」
メルシア旧王国、元王都メルシュ。
ハンバー港から馬車で三時間ほど川沿いを進んだ旧都は静謐な佇まいのある都である。
街の花屋に寄った後、一行は一軒の邸宅に赴いた。
そこでケインが管理人の男に何かを見せ、しばらく話をすることしばし、管理人が恭しくケインに傅いて、全員、中に通された。
邸宅の地下室に降りると、アレックスが壁を数回押した。
「隣の部屋の床が開いたはずだ」
彼の言葉に頷いたケインが隣室の床の窪みに手をかけると隠し階段と地下道が現れた。
先導するアレックスにおそるおそる付いて歩くことしばし、旧王宮——現在は旧都離宮と呼ばれている——の敷地内の小屋に出た。
そして、最初のリアムの叫びに繋がるのだ。
「秘密の通路を通ったからだろう?」
ケインがリアムの疑問を言葉通りに取って、真面目な顔で答える。わざとずらしているのか、天然なのか全く読めない。
「いや、そういうことじゃなくて……!」
「どうしても行きたいところがある」
被ったフードを頭から落としたアレックスが、常よりも低い声で、言葉少なに言った。
髪の毛が邪魔で表情はよく見えないが、引き結んだ口元はいつもよりも硬い。
「入って大丈夫なんですかって言いたかったんです。これって不法侵入じゃないですか」
「王宮は全て王族の持ち物だ。王子のお前が一緒にいるんだから正面から入っても問題ない。情報が足りない状態で帰国を詳らかにしない方がいいからあの道を使っただけだ。それに俺は王からほぼ全ての行為を赦免されている。あの通路を使うのもその権利を使った。というわけで大丈夫だ」
「あなたがたはともかく、わたくしにもあの通路を教えて良かったのですか?」
ソフィアのためらいがちな問いにケインが素っ気なく返す。
「そっちも大丈夫だろう。あの通路はどちらからも行けるだけに開け方が特殊だ。さっき見ていただけでは開けられない。それにこの王宮は今はほとんど使われてないから隠し通路を知っていても意味はない」
普段場の空気を作るアレックスはひたすら暗く思い詰めた様子で無言を貫き、場の雰囲気は重いままだ。
葬列のように俯いてアレックスについて歩いていくと、見覚えのある建物に出た。
「あっ。ここには母上と毎日来てた」
「知っているんですの?」
「王族専用の神殿兼墓所だよ。メルシアの王族は死後ここに埋葬される。ああ、そうか……」
後ろを振り向かず、いつもののんびりした歩き方と違う小走りでアレックスは神殿の中に入っていく。
それを追いかけると、切羽詰まった様子で中で何かを捜すように歩き回るアレックスの姿があった。
「多分、こちらです。母に毎日連れてこられました」
子供の頃の記憶をふと思い出してリアムはアレックスの手を引いた。
神殿の奥深くに増設された墓所がある。母ベアトリクスは一日と欠かさず幼いリアムの手を引いてそこに通っていた。
病気になった時だけ休みだったが、その日も母は一人で花を手向けに行っていたように思う。
「ここでしょう?」
神殿の奥まった場所に増設された墓室は壁にあたる部分が豪華な装飾の施された柵になっており、門も同じように柵になっている。
鎖が巻かれ、閂をかけられているのも記憶通りだ。
母ならば鍵を持っていたのだが、とその前でアレックスと立ち尽くしていると後ろからやってきたケインが針金で開けてくれた。
入り口を越える時に怯えたように歩みを止めたアレックスは意を決したように墓室に足を踏み入れる。
全員で後ろからついていくと、綺麗に掃除されて燭台には蝋燭が灯され、花の手向けられた静謐な空間の中に安置された大理石の柩が四つ目に入った。
そのうちの一つにレリーフ彫された王族の姿はアレックスによく似ていた。
あまり気にした事がなかったが、これがエリアスの柩なのだろう。その大理石の彫像は彼の美しさを残そうと彫刻家が心血を注いだのだと伝わって来る。
そして、エリアスの隣の柩を見てリアムは思い出した。母が毎日あったことの報告をして祈るように言っていたのはこちらの女性の姿の彫られた柩だった事を。
なんとなくそれを口に出すのは憚られ、無言でその柩を見つめていると、アレックスは可憐な花々で作られたリースをその胸の上に置き、一回り小さい物二つを小さな二つの柩の上にそれぞれ置いた。
そして女性の柩の前に戻って来ると彫像の顔の横に跪き、その冷たい石の頬に手を這わせた。
「リア……ただいま……」
絞り出すように出された声は掠れていた。たくさんの想いが詰まった声だ。
嗚咽が墓室に響いて、形のいい頬に透明な雫がとめどなく流れていくのが見える。
声もかけられずにただアレックスを見つめていると袖を引かれた。
振り返るとレジーナだった。
彼女は無言で墓室の外を指で示す。意図を察してレジーナと同じようにソフィアの袖をひいてソフィアと三人で神殿を出る。
「パパと家族だけで過ごさせてあげたいの」
「ケインさんは?」
ソフィアの問いにレジーナが寂しそうに首を振った。
「彼はいいの。パパを支える人だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます