成長期
ライモンドを送り出して、少し早めの昼餐が始まった。
メニューは魚の燻製をサラダ仕立てにした前菜、コンソメスープ、フィッシュパイ、デザートにはトフィープティングである。
フィッシュパイはホワイトソースと玉ねぎと共に煮込んだ白身魚の上に潰したじゃがいもとチーズを乗せて焼いた物でバターの香りと塩味が程よい。
トフィープティングの方は乾燥させた棗椰子の実を溶かし込んだ目の詰まった温かい蒸したケーキに、モラセス酒と砂糖とミルクで作ったキャラメルと生クリームがたっぷりかかった甘く重いデザートなのだが、思ったよりもあっさり食べ切れてしまえてリアムは驚いた。
「リアム、昔は青い顔をしながら嫌々ご飯をつついていたのに、随分しっかり食べられるようになりましたのね」
少し遅れてやはり皿を空にしたソフィアに言われてリアムは頷いた。
確かに学園にいた時から考えると驚くほど食べられるようになっている。単純に食事が美味しいからだ。
ライモンドに彼らが自分に毒を盛ることはないと断言され安心して食事を摂っているが、毎食が素晴らしく美味しい。
「だって美味しいし、変な物も入ってないから」
「……王宮の料理は味が薄くて冷たくて一人で食べないといけなくて、美味しくなかったもの。パパは美味しい物が好きだから」
リアムの返答にぽつりとレジーナが言葉を返した。それは実感がこもっていて、彼女も王宮で同じ気持ちを味わったことがあると伝えてくる。
「うん。王宮で出てくる料理は味がぼんやりしてるよね。リベルタに行ってからご飯が美味しくてたくさん食べられるようになったせいか、ずいぶん背が伸びたよ」
レジーナの言う通り、船の酷い堅パンは論外として、王宮でも学園でも薄くぼやけた味の冷めた料理ばかり出されていた。
それがアレックスがこだわっていると思しき美味しい料理を三食ちゃんと食べるようになり、余計な事を考える暇がないほど仕事を詰め込まれ、合間の時間にケインとライモンドに連れ出されて必ず運動と剣の稽古をさせられて、夜は早めに寝るように言われる。
そんな生活を繰り返すうちに、胃の調子も向上し人並に食べられるようになった。
そのお陰なのか、半年で急に身長が伸びてソフィアとレジーナを越え、アレックスも越えた。
そう言って飲んでも痛まなくなって十全に楽しめるようになった食後のコーヒーに口をつけたところで、アレックスが話し始めた。
「船の修繕と確認、食料や水の積み込み作業があるから、どう急いでも三日は船を出せない。俺はこの機会にメルシュに行くが、お前達はどうする?」
「パパと一緒に行くに決まってる!」
「僕も行きます!」
古都メルシュは遷都するまでの間、リアムも住んでいた場所だ。王宮の外に出て街を歩いたことはないが、ノイメルシュに引っ越す時に見た街並みが気になっていて、一度街を訪れたいと思っていた。
「え…っ。なんでそこ即答なの? 遠慮しなさいよ」
「七歳まで住んでいたけど、王宮から出られなかったから行ってみたいんだ」
ぎゅっと眉を寄せたレジーナはしばらくリアムを睨みつけて、瞳だけをきょろきょろと動かし、ほんの一瞬アレックスとケインの様子を伺って小さくため息をついた。
「ソフィアも一緒ならいいわよ」
顔を背けられ、ツンと鼻筋を上げて言われたのは、はじめて彼女から引き出された譲歩である。
大人が何か言ってくれたのだろうが、先程会話に入ってくれた事といい、歩み寄りを見せてくれたのが嬉しい。
「ソフィア……」
「わたくしをダシに使わないでくださいな……って言いたいところですけど、メルシュは一度行ってみたかったので構いませんわ」
「……ありがとう!」
「あなたが礼を言うところではありませんわ。リアム」
小首を傾げ、何かを要求するように完璧に作った笑みで微笑んだソフィアに小さな声で頬を赤らめてほんの少し俯きながらぽそりとレジーナも礼を言った。
「……ありがとう。来てくれて嬉しい」
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