綺麗な汚物

 総督府の入り口で御者と何事か話した門番が門を開けてくれて、馬車が再び動き出し、奥へと進む。

 玄関前の馬車止めに着くと御者が扉を開けてくれて、ケインが最初に馬車を降りた。

 だがケインは降りるようにこちらを促さず、御者と何事か話している。

 そのどこか慌てた様子に、馬車を降りるかリアムがためらっていると、ソフィアがさっさと誰のエスコートも受けずに自らドレスをたくしあげ、リアムを避けて馬車から降りた。


「ソフィア! 勝手に降りないで」


 追いかけると突然足を止めたソフィアの背中にぶつかり、よろけたところをライモンドが助けてくれる。


「痛っ……ごめん、大丈夫? どうしたの?」


 ひょい、と背中越しにエントランスを覗き込むとそこに男が二人と若い女が一人立っていた。

 大きな手で己の目元を覆うケイン。こちらに気づいた男と目があって、凍りついたソフィアの気持ちをリアムは理解した。

 二人の男のうちの一人の容姿はとても整っていた。

 顔は小さく、手足は長く、立ち姿は優美で作り物めいている。顔のパーツはといえば大きすぎずも小さすぎず、一寸の狂いもない完璧な左右対称で配置されていた。

 年齢はケインとそれほど変わらないだろうか。清冽さと妖艶さを内包した他者を圧倒する美貌に目を奪われる。

 だが、そこにはどこか見覚えのある佇まいがあった。


「……テオドールに似ていませんこと? 汚物よりも百倍ぐらいお綺麗で、綺麗な汚物という感じですけど」


 やはりそこに目が釘付けになっているソフィアがやっと思考の輪から抜け出したように呟いた。

 その内容に、やはり凍りついていたケインの肩が揺れて何か薄黒い物が吹き出す。

 実際に何か出てるわけではないと思うが、そのようにリアムは感じた。


「は? 小娘……。今、なんと?」


「あっ……ごめんなさい。あの方に失礼でしたわね。私の知っているクソと容姿に似通っている部分があった物で思わず。あの方の容姿が汚物に似ていただけであの方が汚物だと言ったつもりではないのです」


 焦ったように言い募るが、全然フォローになっていない。先程もやのように感じた何かが明らかに殺気と分かる気配に変わったことに気がついて慌ててリアムは口を開いた。


「あ、あの! 彼女がすみません! 悪気があるわけじゃなくて、彼女にとってそれは固有名詞みたいな物なんです。煮湯を飲まされたテオドールとあの人が似てて……」


 震えながら、やはり珍しく脂汗をかいて押し黙ったソフィアを抱きしめるように庇って、そこで、あることに気がついて、リアムは言葉を止めた。

 彼とテオドールとは、他人の空似にしては似かよりすぎている。

 しかしテオドールよりもずっと整った容姿だ。

 そんな風説のある人間をリアムは一人しか知らない。そして彼が、もしケインが会わせたくないと態度に出していた商会長ならば全て綺麗に理由がつく。


「あの方は亡くなったはずのエリアス王子で、もしかしてオクシデンス商会の商会長?」


 その言葉にケインの殺気が収まって、苦さと共に遠回しな肯定の言葉が出た。


「思ったよりも勘がいい……」


「もしかして、それで僕達と会わせたくなかったんですか?」


「それが理由の1/3だ。これだけはっきり顔を合わせたらさすがにごまかせない。どうせ残りもすぐに分かる」


 何もかも諦めたようにケインは吐き捨てた。

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