総督府に至る道

 海亀島からエリアス島の総督府に至る道は綺麗な石畳で舗装されていて、馬車も快適な乗り心地だ。

 首都で移動するのとあまり違いがない。

 海にかかる橋も難しい工事であったろうにしっかりとした石造りの橋がかかっている。

 エリアス島に入ってすぐにある商店街は建築途中の店の前に露店が沢山出ていて活気はあるが、海亀島の露店に比べて店員も客も柄が悪い。

 食い入るように街並みを眺めていると、ケインが小さく笑って話しかけてきた。


「外は面白いですか?」


「はい。マーケットで売っている野菜や果物や魚がすごく珍しいですし、建築中の建物も興味深いです。それに、石畳も街並みもとても独特で先進的で驚いています」


「リベルタは未開の辺境大陸のはずなのに、この島はなぜ首都の様な街並みをしているのですか? 例えばこの馬車と道路。うちの実家はノーザンバラとの国境にあたりますが、ノーザンバラとの戦争で使った道は別ですが、道路の舗装はここまで進んでおらず、馬車はぬかるみに嵌って使いづらいので、馬か徒歩で移動することが多いのです」


 ソフィアが挟んだ口はずいぶんと大雑把で不遜とも取られかねない内容だったが、ケインは気を悪くした様子もなくそれに答えてくれた。


「明け透けに言ってしまえば情報と金と技術があるからです。オクシデンス商会は私掠船団と娼館経営から始まっています。海賊や密貿易船の摘発で稼いだ資金を手に、娼館で得た情報を元に、綿花や砂糖を生産し流通させて財を築きました。それをただ溜め込むだけではなく、将来的に花開きそうなもの、または世間で必要と思われているもの、長く使える物などに投資を行なった。それが鉱山経営と鉱山を起点としたリベルタ大陸の街道整備です。それによって技術力が培われ、海亀島の再開発にもその技術が使われたのです」


「オクシデンス商会の商会長は立派な方なのですね」


「ええ。とても素晴らしい人です」


 ソフィアの言葉にケインはふわりと微笑んだ。先程までの穏やかだが儀礼的な笑みと違って心の奥底にある敬愛が溢れでるようなそれだ。


「そんな素晴らしい方なら、お会いして教えを請いたいぐらいです」


 本音がほとんど社交辞令が少々でリアムが口に出すと、ケインの表情がすっと凍りついた。


「彼はとても忙しいですから、こちらにいるうちに会うのは難しいでしょうね。申し訳ない」


「そうですか。残念です」


 何か会わせたくない理由でもあるのだろうか? とは思ったが、そこを突っ込んでは聞けなかった。


「ああ、そろそろ着きますね。ああ、そうだ。総督について説明しておかないと。実は先月末に任期が切れて総督が変わっているのですが、新総督が到着しておらず、前総督が執務を代行しています」


「それ、ひょっとして俺のせいかも」


 ただひたすら黙り込んで気配を消していたライモンドが思い出したように口に出した。


「ハンバーの港を封鎖して臨検を掛けるように命じたんですよ。で、一隻出ていきそうなのがあったので慌てて乗り込んだらビンゴだったってわけです。ただ、港の封鎖は俺が代行権を使って命じたので、俺以外が解くとなると、宰相閣下か陛下の命令じゃないと解除出来ないんですよ。ノイメルシュで情報を確認して解除するとなると一ヶ月はかかると思いますし、宰相閣下なら新総督と一緒に捜索隊を送ってくるでしょうから、諸々含めて2ヶ月ってところで、ちょっと前に出発したぐらいですかね」


 どうやらライモンドはリアムの安全に関わる事ならばある程度強い命令を出せる権利を王から与えられていたらしい。


「最低限の仕事はこなしていたようだな」


 応接室でもうっすらと思っていたが、ケインがライモンドの上司の様な態度を取っていて、ライモンドもそれを受け入れているように思える。


「もらう物貰ってますし。でも意外ですね。怒られるかと思ったので、さっさとゲロったわけなんですが」


「王太子と公爵令嬢が攫われたのに、お前が身一つで追ってきただけの駄犬なら、今頃首と胴が分かれているさ」


 そう言ってケインが膝の上の長剣を軽く叩くと、ライモンドは薄寒そうに首の後ろを掌で擦った。


「さておき総督の話ですね。リベルタ統治領、元総督ヴァンサン・ガイヤール。彼はなかなか癖のある人物ですし、無理難題を吹っかけてくる場合があります。おそらくかけてくるでしょう。私が対応しますので、彼の言う事は一切聞かないで結構です。無視してください」


 話を戻したケインにリアムが頷いたところで馬車が止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る