罰に意義を求めるな
メルシア王国、ノイメルシュ王宮、執務室。時間はライモンドが港の封鎖を手配した少し後まで遡る。
王の部屋というには殺風景で装飾もろくに施されていない実用一辺倒、丈夫さと使い勝手だけを重視して作られた家具ばかりが配置された部屋である。壁面を埋める本棚から溢れる本や資料、どこか雑然とした部屋に大声が響き渡った。
「リアムを保護しに行く!!!」
走り書きの手紙をデスクに叩きつけたヴィルヘルムの取り乱し様に、宰相レオンハルト・プレトリウスは真鍮の眼鏡の端を持ち上げた。
「落ち着きなさい。約束を忘れましたか? 私人としての自分を優先させる事など、私の目が黒いうちは決して許しません。貴方は死ぬまでこの国を豊かにするために身を粉にしなければいけないんだ」
呪詛を吐くように言ったレオンハルトに、ヴィルヘルムは椅子に腰を戻して頭を抱える。
ただひたすら冷静に仕事をこなし続けていた男が若い時のように感情を露わにしている様に懐かしさを覚えた。だが、それと同時に強く不快も感じる。
「リアムの事が心配ではないのか?! 万が一の事があったらどうするんだ!」
ヴィルヘルムの非難に、眉間の皺が今以上に深くなることを止められなかった。
茶色の髪に茶色の優しげな目のリアムによく似た面差しを冷淡さで覆ってレオンハルトは口を開いた。
「すでにハンバーに人をやりましたし、港の封鎖は済みました。全ての船の確認が済み見つからなかった場合は新総督と共にリベルタに人員を送る手筈になっています。封鎖の直前に出て行った船についてはライモンドが乗りこんだ確認が取れました。私は彼を信頼しています。彼は少々金に汚いが、貴方が誰よりも金を払うと分かっているし、機転も効いて義理に厚く、リアムの事も大切にしている。その船に乗っていれば命に代えても彼を守るでしょう。だから我々が直接探しに行く意味がない。今、我々の出来る事は国の歩みを止めないことだけです」
そう釘を刺して、腕に抱え切れるぎりぎりの書類をヴィルヘルムの机に置いてやった。
苦虫を噛み潰したような顔で一番上の書類を手に取ったヴィルヘルムは内容を確認してサインする。
次の瞬間、何かが折れる音がした。
見れば、ヴィルヘルムが先ほどまで使っていたつけペンの木軸がばっきりと二つに折れていた。
「豊かな国を作ったとて、継ぐ者がいなくなってしまったら、そこに何の意味がある……」
替わりのペンを持ってくるように侍従に命じて、ヴィルヘルムの手に飛び散ったインクをハンカチで拭ってやる。
今だにそんな事を言っている男に、十六年前に感じた憤りを思い出してレオンハルトはヴィルヘルムを詰った。
「意味がない? 罰に意味を、意義を、求めないでください。国を豊かにする事が貴方の贖罪だ。誰に残すかなど、貴方が考える事ではない。忘れないでください。残りの一生は貴方が裏切ったエリアスとオディリアへの贖罪の為だけにあるという事を」
「……わかっている! だが……なあ、お前はあの子の事をどう思っているんだ? 俺と同じ気持ちにはならないのか?」
「もちろん愛していますよ。だが、憎んでもいる……そうですね。このハンカチとついた染みみたいな心持ちです。彼のせいでない事は分かっているが、彼が産まれた事で破綻した事があるのもまた事実だ」
点々と染みのついた白いハンカチを折りたたんで隠しに入れ、話を打ち切ると仕事を促す。
侍従から新しいペンを受け取り、苦く渋い顔で自らの職務を再開した男にレオンハルトは背を向けた。
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