王の後継(モノローグ)
テオドール=ヨハネス・トレヴィラス。
キュステ公爵、コンラート=エンゲルベルト・トレヴィラスの次男にして嫡子であり、両親に望まれ、必要とされて誕生した子供である。
彼の人となりについて語るためには、悲劇の王子、エリアス=マンフレート・トレヴィラスとメルシア王家で二十年ほど前に起きた出来事について、話をしなければいけない。
メルシア王国国王、ジークムンドの長男、後のメルシア連合王国ヴィルヘルムの兄として産まれたエリアスは幼少期から妖精の美貌と輝くような知性を持ち、花のように良き者も悪き者も惹きつける存在だった。
彼は周囲の期待通り品行方正に成長し、メルシアの至宝と呼ばれる美貌の王太子として病がちな父親の助けとなって政をよくし、幼馴染である宰相息女、才女としても名高いオディリア・プレトリウスと若くして婚姻を結ぶと程なくして第一子に恵まれた。
彼の人生は誰が見ても順風満帆であり、その未来は彼が老いて亡くなるまで揺るぎないと思われていた。
だが、その運命は突然断ち切られた。
新大陸開発への情熱と共に視察に向かったエリアスの乗った船は、嵐によって分断された末に海賊に襲われ、船は沈められてエリアスは殺された。
嗜虐心にあふれたならず者の手で美貌は毀損され、身体中を刺されて海に捨てられた。
水を吸って魚に啄まれた彼の死体には生前の面影などなく、膝から下はもがれていたという。
身につけていた着衣と半ば骨となった左の薬指に引っかかっていた結婚指輪のおかげでかろうじて彼がエリアスだと判別したほどの無惨さだった。
だが、彼を悲劇の王子たらしめているのは彼自身の非業の死だけではなかった。
エリアスの死によって傷心し持病を悪化させて亡くなったジークムンドの跡を継ぎ、ヴィルヘルムが即位した。
王位についた時点でヴィルヘルムは自分はエリアスの子が即位するまでの中継ぎであり子供を持つ気はないと公言しており、その宣言通りノーザンバラ出身の王妃との間に子供を儲けていなかった。
エリアスの娘ユリアとキュステ公爵、テオドールの兄が継承権を持っており、オディリアの胎の中のエリアスの忘れ形見は無事に産まれたら継承権を持つとされていた。
だがエリアスの次子は死産し、そこでオディリアは正気を失った。
長子ユリアはその後、偽苺と呼ばれる毒の苺を食べる事故で亡くなり、ユリアと娶わせる予定で育てられていた養い子は、その直後に城で飼っていた猟犬に噛まれて死んだ。
彼の家族に起こった事まで含めてエリアスを悲劇の王子と呼ばしめるのである。
この陰で小さな悲劇があった。ユリアが亡くなる直前に、キュステ公爵夫人と令息が馬車の事故で命を落としたのだ。
その結果、メルシア王家に残された王の血統は国王であるヴィルヘルムとヴィルヘルムの叔父であるコンラートのみとなった。
コンラートはメルシア王家の血が絶えるのを恐れ、メルシアの有力貴族から後妻を娶って速やかに子供を儲けた。
これが、テオドールである。
公爵家、いや、メルシア王国を継ぐ王位継承候補として、期待されて祝福されて産まれて来た赤ん坊は従兄弟同士という事もありエリアスにどことなく似ていた。
文句のつけようのない確かな血筋に、メルシアの至宝の生まれ変わりを思わせる顔貌。
そのせいで本人の自我が薄い頃から、テオドールは周囲の期待や称賛を受ける立場だった。
大人は彼に傅き、おもねり、顔色を伺った。
だが、身内の不幸に耐えるだけと思われた国王ヴィルヘルムは突然、国境であるフィリー山脈を抜けて大陸東部へ進出し、メルシア連合王国を樹立したのだ。
そして、王妃との間にレジーナと名づけられた女児が産まれた。
また、それ以前に影で囲っていた愛人との間に男児を儲けていた事を公表して、愛人に妃の地位を与えて子供を後継とすると定めた。
この子供がリアムである。
正しく誰もに求められて産まれたはずのテオドールは、平民の妾との間の薄汚い私生児の後塵を拝する羽目になった。
血筋による矜持と、自分よりも劣る者が至高の座を得る事への嫉妬、羨望、そういった物によってテオドールの性根は形作られているのだ。
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