俺に相応しい女(テオドール)

「ああ! クソッ! めんどくさい!」


 羽ペンを投げ出して、テオドールは学生会室の会長の椅子の背に身を預けた。

 目の上の瘤だったリアムとソフィアがいなくなり、自由気ままに楽しく過ごせると思っていた。

 もちろん、あの陰気な顔と口汚い下品な田舎娘の姿がないのは実に気分がいい。

 だが誤算だったのは、リアムが案外仕事をしていた事だ。学園には学生の自治組織である学生会がある。

 リアムが会長、テオドールが副会長を務めていたが、リアムが抜けた分の穴をテオドールが補う羽目になった。

 リアムは会長という要職にありながら、愚かにも、卒業生の寮の退去の立会いや新入生の入学後のオリエンテーション、歓迎会の準備や寮の部屋割の相談、その他、細々とした雑用を全て引き受けていたらしい。

 他の役員や、特待で入ってきた使える平民に仕事を割り振って何とかやっているが、一部の怠惰な生徒から、仕事が多い増えすぎだ、と不満の声が上がり、テオドールがある程度引き受けざるえない状況になった。

 仕事自体は難しくはないが、何もかもが地味で面白みがなく、自分向きの仕事ではなくて、こんなことに時間を使うのは無駄以外の何物でもない。

 そこに軽やかな足取りでエミーリエが学生会室に入ってきた。

 相変わらず可愛らしいが疲れきっているせいで、その姿を見ても慰めにならない。


「テオ、まだお仕事してるの?」


 その問いの言外には自分のことを一番に考えない事に対する批判があったから、テオドールはいかにも仕事をしている風に羽ペンを再び手に取った。


「仕方ないだろ。皆が怠けるから僕がやってやってるんだ。そもそもリアムがつまらない仕事ばっかり受けてたからな。あいつの尻拭いだよ。入学式が終わった後にすれば良かった」


 何を、と口にするほどは愚かでない。だがその意味は通じたらしく、エミーリエは労りの表情を浮かべて提案した。


「お茶を淹れましょうか?」


「いや、いい」


 今まで仕事を投げ出していたことなど忘れて、苛立ちを乗せてすげなく断ると、エミーリエは唇を尖らせてその大きな瞳を潤ませた。


「最近、冷たいのね……」


「さっきも言ったろ。忙しいんだよ。リアムの奴が受けたつまらない仕事を片付けないといけなくて。ああ、そうだ。エミーは王太子妃の勉強をしていたろ。簡単な雑用なら手伝えないか? そうすれば二人で過ごしていても不審に思われないし、デートする時間も作れる。一石二鳥じゃないか」


 野苺のように愛らしい唇を啄んで、艶やかな黒髪を撫でると、秘密の恋人ははにかみながらも首を振った。


「私じゃあなたの助けにならないわ。迷惑になっちゃうもの」


「迷惑なもんか。猫の手も借りたいんだ。君がいるだけで元気が出るしさ」


 チュッチュと忙しなく頬や口元にくちづけてやると、機嫌が直ったようだ。たったこれしきのことで表情を喜びに蕩かす彼女は仔犬のように可愛らしい。


「じゃあ、テオのためだし、手伝える事があるなら手伝うね」


 だが、と頭の片隅でテオドールは思った。

 本来ならば仕事を頑張っているこちらが何も言わなくても、彼女が積極的に傅き、慰労して、先回って手伝うのが当然ではないだろうか。

 エミーリエはテオドールが面倒な仕事をしている時ものんびり遊んでいたくせに不満を漏らして、手伝いを面倒くさがった上に恩着せがましく条件までつけている。

 そんな彼女は自分に相応しいのだろうか。と。

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