帰宅の算段

 身支度を済ませたリアムは四階にある応接室に案内された。


「あら、リアムも、ものすごく磨きたてられたわね」


 確かに王宮でもここまでされる事はあまりないぐらいはリコリスに隅々まで磨かれて、髪も眉も整えられ、服も肌触りのいい上品な一揃いを着せられている。色味が銀と赤なのはソフィアの髪と瞳の色味を想定しているのだろう。


「ソフィア……も! ものすごく、綺麗で……見違えた!!」


 ソフィアはいつもよりもぐっとデコルテが開いた細身の茶色のドレスを身に纏っている。

 形のいい鎖骨が露わになっていて目のやり場に困る。

 だがそれ以外は一見シンプルだが、重ねたレースや布の織紋様をうまく使い、光の加減で濃いピンクやゴールドにも見えるもので、彼女の整ったスタイルを優しく引き立てつつも、本来持つ華やかさは失われず、よく似合っていた。

 また、顔も化粧によって、いつもの鋭い硬質な美貌の中に清楚さや可憐さを加えられている。


「見違えたって言うのはあんまり褒めてないわね」


 のんびりとした口調で、侍女のように付き従っていた美女が苦笑して、リアムは慌てて言葉を重ねた。


「え?!? そんなことは! 綺麗すぎて褒め言葉が出てこなくて…!!」


「っつ!! 褒める必要なんてありませんわ!」


 大きな舌打ちの後に返ってくると思った毒舌が返ってこなくて、首を傾げてソフィアを見ると、横を向いた少女の耳は桜色に染まっている。


「リアムこそ、よく似合っていますわ。いつもそれぐらい着飾って顔もしゃっきりしていれば、顔だって汚物に負けていません。あの男、これで取り柄も貴方に勝てる部分も無くなりましたわね」


「褒められると思わなかった。馬子にも衣装とか言われると思ってたよ」


「わたくしだって、いいと思った物は褒めますわ。もっと自信を持つべきよ」


「あー。青春だなぁ……羨ましい。青い春……」


「あら、先生、やさぐれてますけど、何かありました??」


「いえ……何もないですよ」


 先に部屋に来て所在なさげに立っていたライモンドもすっかりこざっぱりして、学園でのワイルド系イケメン教師の見た目に戻っている。

 けれど、なぜか目が泳いでいるし、どこか疲れているように見える。それに身体の動きもどこか不自然で痛みを堪えているようだ。


「どうもはじめまして。おかけください」


 応接の奥の椅子に座っていた口髭のチャーミングな紳士が立ち上がり、優雅に礼をして席を薦めてくれた。

 リアムはソフィアをエスコートして座らせ、隣に腰掛ける。


「ライモンドは座らないの?」


「俺は結構です。こちらに控えさせてください」


 まるで護衛のように後ろに立ったライモンドを見て首を傾げたリアムは男に向き直った。


「私はリチャード・ディクソン。オクシデンス商会の経理主任で、この娼館の運営を任されています。ディックと呼んでください。それともう一人紹介しますね。こちらはケイン。オクシデンス商会の副会長です。総督のところへは彼か商会長でないと連れていけないので呼んでおきました」


 葡萄酒色の赤毛に琥珀色の瞳のその男を見て、リアムは既視感を覚えて首を傾げた。

 赤狼団の団員を含む、フィリーベルグの民は大体この色味ではあるし、その中で会ったのだろうか。

 だが、もっと身近で、誰か似たような面差しの人間がいた気がする。だが、それ以上分からず、リアムは思考を断ち切った。


「よろしくお願いします。私はリアム、彼女はソフィア。後ろに控えているのはライモンドです」


 礼をとると、リアムと同じようにこちらをじっと見つめて怪訝そうな顔をしていた男は、その表情を消して人当たり良くにこりと微笑んだ。


「どうもはじめまして。ラトゥーチェ島のケインです」


 手を差し出されてそれを取ると、やさしく握手される。ライモンドよりも硬い武人の手に、リアムはほんの少し警戒を覚えた。


「ソフィア様にもご挨拶を」


 ソフィアが堂々と差し出した手をケインは取って跪き、指先に掠めるように口付けを落とした。

 癖のある赤毛が秀でた額で揺れ、甘やかな垂れ目が微笑みの形を作る。


「お嬢様には淑女に対する礼が必要でしょう?」


 リアムから見たケインは長身で整った甘い顔立ちの大人の男で、そんな行動を取られたら彼女が好意を持つのではと思ったが杞憂だったらしい。


「商会の方なのに、ずいぶん鍛えていらっしゃるのね」


 冷たい口調でソフィアが言った。やはり男の見た目と職業にそぐわない手の硬さに違和感を覚えたようだ。


「ああ。元々は傭兵だったのでその頃の杵柄です。今はこの通り、人畜無害な副商会長ですよ」


 一瞬ライモンドが身じろぎをするのを感じて、リアムは後ろに視線をやった。


「ライモンド、どうしたの」


「いえ。なんでもありません」


「傭兵時代に面識がありまして。先程交友を深めたところだったんです」


 なあ、と問われたライモンドが渋い顔で頷いた。


「ちょっと因縁がありまして。けれど、殿下にとって問題のない、強い味方になりうる人物なのは確かです。ご安心ください」


 ライモンドは普段よりも遠慮した口調で、だが、はっきりとケインを保証した。殿下、まで言ったということは、身分を明かしても大丈夫だということだろう。


「私はメルシア連合王国の王子、リアム・トレヴィラスです。ソフィアはベルニカ公爵令嬢。身内との確執の末にこちらに売られそうになりました。ライモンドの助けもあってここまで来ることが出来ましたが、お力添えいただき我々をディフォリア大陸に向かう船へ乗せてもらいたいのです」


 覚悟を決めて告白しても、ケインもディックも顔色を変えなかった。

 戸惑いにソフィアと顔を見合わせると、ディックが喉を震わせ、こらえきれないように笑った。


「種明かしをするとね、うちの花達に君達の身元を探らせていたんだ。こちらも迂闊な人間を総督に会わせるわけにはいかないし。だから予想はついていた。ケインさんに頼んで、ライモンド君にも裏を取ったからね」


「え?!!」


「申し訳ない。だが理解してもらえると嬉しい。それと娼館というのはそうやって情報を仕入れているから利用する時は気をつけて。さっき下にいたヘザーは俺の妻なんだが、俺よりも俺の情報を握ってる。俺がここで遊んだ子から情報を引っ張ったんだ。頭が上がらないし、昔は結構遊んでたんだけど、もう無理。ああ、でもリアム君はなかなか良かったよ。噂レベルですでに出回っている情報を使いつつ、それなりに話したように見せかけながら、自分の正体を最低限しか明かさなかった」


 そんな事をした覚えはない。本心をぶちまけたつもりだったのだから、ディックの褒め言葉はお門違いで、ただ苦いだけだ。


「それで、送ってもらえるんでしょうか?」


「ああ。もちろん。可及的速やかに総督と話をつけて、君達をノイメルシュまで送る手配をつけよう。もう先ぶれは出してあるから、この後、俺と一緒に移動して、面会して手配してノイメルシュに帰すだけだ。任せてくれ」


 ケインが請け負ってくれて、リアム達は安堵の息をついたが、そう上手くはいかないのが世の中の常なのだ。


※26話、ほんの少し改稿が入っています。よろしくお願いします。

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