赤狼団ブートキャンプ(概念)

「えーと、バイオレットちゃん。悪いけど、この人と二人にさせてくれる? 巻き込まれたら危ないから。これ、少ないけど取っておいて」


 巻き込むわけにはいかないだろう。ライモンドは震える手でベッドサイドに置いた財布から半銀貨をバイオレットに渡して、ケイトと名乗った男に向き直る。


「あー。その、ケイトさん……俺のことご存知で?」


「知っているさ。お前がこーんな時に会っている」


 親指と人差し指を広げて言われ、ライモンドは眉間に皺を寄せた。


「……俺との関係を、伺ってもいいですかね? ケイトは当然偽名でしょう? 男でも使わなかないが女の名前だし、俺達に気が付かれないためにあんたを呼ぶための符牒だ」


 バイオレット、マグノリア、リコリス、ヘザー。どれも植物の名前で娼館の名前のフロレンスは『花々』ここの娼婦達は花になぞらえられているのだろう。

 警戒したつもりだったが、ずいぶんと気が緩んでいたらしい。


「おや、従甥殿は思ったよりも頭が回るな。こちらの手管に引っかかってデレデレするばかりの間抜けかと思ったが」


「従甥……? 両親どっちかの従兄弟??」


「俺はリヒャルト・シュミットメイヤーの長男、ケイン。ベアトリクスは俺の姉だ。知らないかもな。親戚から消された名前だ。ランス・フォスターや、ハティ・ヴァナルガンド。赤狼団にいた時はハンス・ミュラーが最初で後はリチャード・ロウだかジョン・ドゥだか忘れたがそこら辺の名前だったかな。一つぐらいは聞いたことがないか?」


「……待て待て待て待て、どの名前も聞いたことがある! けど、ランス・フォスター以外は全部死んだ名のはずだし、ランス・フォスターは王妃殿下と駆け落ちした護衛騎士の名だ」


「案外お勉強も頑張っていたんだな。おチビさんは。なるほど、姉上が息子の護衛に選ぶだけのことはある」


「バカにしやがって! 最低限は頭に叩き込んであるさ! 聞いたことに答えろよ!」


「では、赤狼は?」


 いなすように問われてライモンドは顎に手を当てた。

 この問われ方は赤狼団のシンボルの赤狼の事ではない。違う意味が含まれている。


「連合王国樹立の際に暗躍し、王の障壁を排除したという陛下直属の処刑人にして暗殺者……」


 ぱち、ぱち、とわざとらしくゆっくりとした拍手の後、一歩近づかれる。

 その身に纏うのは明確な殺気。

 対抗しようと思っても恐怖で震えが止まらない。こんな化け物は見たことがない。

 祖父相手だとて冷静に対応できるのに、恐怖で玉の裏まで縮み上がっているのが分かる。

 赤狼の仕事とされたものはどれも苛烈だ。確実に一息で鏖殺されている。自分も今回の不始末でそれらと同じように骸となるのだろうか。


「お前の仕事はなんだ! ライモンド・シュミットメイヤー!!!!」


 一喝されて反射的に赤狼団の訓練の要領で答える。


「護衛ですー! サー!!!」


「語尾を伸ばすな!」


「はぃいいい!!!」


「お前は駄犬……いや、蛆虫だ! 護衛の役割は、主人に付き従って危険な目にあわせないように護ることだろうが! それなのにこんな所まで主人を連れてこられた上、女に鼻の下を伸ばした挙句、二時間お願いしますだと? その間に護衛対象に何かあったらどうする! 蛆虫にも申し訳ない。護衛対象を見てない護衛なんぞ蛆虫以下だ。蛆虫の方が腐肉を食ってくれる分少しは役に立つ。分かっているのか!」


 ライモンドは全裸で床にスライディングして土下座した。


「おっしゃる通りです!」


「さっさと服を着ろ!」


 男の様子を見るに、先程の殺意は威嚇で、どうやら殺すつもりはなさそうだと、ライモンドは安堵した。


「はいーー!」


「語尾!」


「はいっ!! 申し訳ございません!!」


 投げ渡された新品の服を着て、床に正座して、ふと思い出した。


「あっ……でも、貴方がランス・フォスターなら、王妃の護衛なのに王妃と懇ろになって皇女まで連れて駆け落ちしたのでは??」


 彼がランス・フォスターであれば護衛として失格なんてものじゃない。背任した護衛に怒られる筋合いはないはずだ。と、思わず口に出して失敗した。


「なんのために! 今! 俺の正体を! 明かしたと! 思っているんだ!!!!! 俺が現役なら即死だ! この阿呆め!」


 ブレスの合間に5発決められて首を腕で締められる。顔は似ていないのにやることはしっかり祖父や父と同じ赤狼団流である。


「ひぇ……まさか……王妃と………王女は……」


 息も絶え絶えに訊ねると、耳元で笑う気配があった。


「王女は健やかにお過ごしだよ」


 裏に隠された意味にライモンドは冷や汗を抑える事が出来なかった。

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