ゴーストパーティー
やはりこちらを見て動きを凍らせていたエリアスが焦ったような早足でリアムの方へ向かってきた。
「殿下、お下がりください」
ライモンドが、その間に壁を作り、そこになぜかケインも加わった。
「アレックス! 落ち着け。ライモンド! 彼は殿下に害を与えない。だから彼に傷をつけるな! 一筋でもつけたら殺す!」
「え? 怖っ……!」
「邪魔するな!」
「落ち着いて! 頼むから!」
本来ならば止められるであろう二人の壁の隙間から伸ばされた手にリアムは引き寄せられた。
彼の必死な様子に止めそびれたのか、それとも彼が王兄であるから遠慮しているのか、それとも他に事情があるのか。
ライモンドの方はケインの言葉が原因で男を止めあぐねたのだろう。
自分より頭半分ほど背の高い男に顔を掴まれ、ごく至近距離から覗き込まれた。
迫力のある美貌と男から微かに薫る花の香があまりにいい匂いで知らず顔が赤らむ。
何かを確かめるように頬を撫でられ、その美しい金緑の視線がリアムの顔貌を舐め回した。
自分は今までの人生でこれほど誰かに凝視されたことがあっただろうか。
「あ……あの……」
口を開くと男の眦から涙がこぼれ落ちる。
「リア………」
嗚咽と共に、リアムの名前が初対面の男の唇からまろび出た。そのまま抱きしめられて肩に顔を埋められる。
「アレックス! しっかりしろ! 彼は違う」
ケインの逞しい腕がリアムと男を引き剥がし、男を護るように腕の中に囲い込んだ。
「パパ! どうしたの。急に!」
少し遅れて少女もこちらへ駆け寄って来た。
身長も年の頃も自分と同じぐらいだろうか。艶やかな金髪をポニーテールに結んで男性が着るような開襟のシャツにウエストだけのコルセットを締めて、アビを羽織り、下は細身のトラウザーズを履いている。
男装というには潰して隠したりはしていない胸の膨らみが女性を主張しているが、一般的な女性とは明らかに違う服装の美貌の少女だ。
パパと呼んでいるということはエリアスの娘なのだろう。
アイスブルーの瞳はリアムの父ヴィルヘルムと同じで、きりりとした男前の顔立ちも叔父姪の血の繋がりを見てとれる。
なんなら、自分よりも彼女の方が父ヴィルヘルムとの血の繋がりを感じられるぐらいだ。
「ゆっくり息を吐いて、落ち着いて。あれはヴィルと俺の姉のベアの息子のリアムです。だが、本人曰く父親はヴィルではなくて、レオンハルト様だと。レオンハルト様とリア様は兄妹ですから、似ていて当然です」
「姉? ケイン……?! え? 死んだはずの叔父上…!?」
次々と押し寄せる事実に息もつけない。
二人の話を横から聞いて、リアムはケインが誰に似ているか理解した。リアムの祖母に良く似ているのだ。
三年に一度会うかどうかだから分からなかった。
「どういう事なの? 二人とも理解できてる? 私には何が何だか……」
混乱した様子のソフィアに尋ねられ、リアムは首を振った。正直、理解が追いつかない。
「メルシア王室ゴーストパーティー、なぜか南溟の島で絶賛開催中って事ですよ」
ライモンドが眉間の皺をもみほぐしながらソフィアに言った。
なるほど、上手い事を言うとリアムは納得した。
二十年前に亡くなったはずの父方の伯父エリアス、王族の養子になった末に犬に襲われて死んだはずの母方の叔父ケイン。両方とも死者のはずだがこうして生きている。
そして、リアというのはどうやら自分のことではなくエリアスの妻オディリアのことで、自分にはその人の面影があるらしい。
自分でも他の誰よりもレオンハルトに一番似ている気はしていたので無理もない。従兄弟や叔母甥が似通うのはよくあることだ。
「ゴーストパーティー……」
そう考え込んでいるソフィア向けにか、リアムにもなのか、ライモンドはさらなる爆弾をぶち込んできた。
「ついでにぶっこみますが、娼館で少しケインさんと話したんですよ。その時の話から予想すると、おそらく、そこの陛下によく似た娘さんは、エリアス王子の実の子供じゃなくて、あなたの異母妹のレジーナ姫でしょうね」
おろおろとケインとアレックスを見つめていた少女が、そう言ったライモンドと、リアムの方へ突然振り向いて、ことさら冷たい声で刺々しくそれを肯定した。
「そこのおじさんの言う通りよ。私はレジーナ・エリザベート・トレヴィラス。どうも、初めまして、お兄ちゃん」
その口調に悪意と含む物を感じ、リアムの胃はギリギリと痛んだ。
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