in the secret chamber

 ラトゥーチェフロレンスは高級娼館である。

 客の秘密は絶対に守られて、そこで行われる全てが漏れることはないし、王宮のような極上の空間で、磨き抜かれ知性と教養にあふれる奔放な娼妓達と夢の様な一晩を過ごすことができる。

 だが、各部屋には隠し通路が張り巡らされていてオーナーは密室の中でのやりとりを確認することが出来るし、娼婦達は客が気がつかないように情報を引っ張り出す技に長けている。

 そうやって客達は知らないうちに、この店に生命線を握られているのだ。全てはこの娼館の主人の掌の上なのである。

 隠し部屋に案内された男は通路を通って、とある部屋を覗き込み、バイオレットといちゃつく若い男を観察して外に出た。


「なんか分かりました? ケインさん。赤狼団のシュミットメイヤーを名乗っていたし、あんたの知り合いでしょう? だからヘザーに頼んで来てもらったんだけど」 


 そうハーヴィーに尋ねられ、ケインと呼ばれた壮年の男は苦い顔で、ライモンドと同じ色の髪の毛を揺らして頷いた。


「親戚だな。会ったのはあれが子供の頃だから顔に覚えはないが、アレの父親によく似てる」


 葡萄酒のような赤毛に金色めいた琥珀色の瞳は一族固有のものだし、名前にも覚えがある。最後に会ったのは十五年は前だろうか。

 そう思い返していると、この娼館の経営を任されているディックが書類を書く手を止め、おしゃれに整えられた口髭を捻りながら口を開いた。


「さっき、マグノリアがやって来て、ソフィアという名の娘は学園在籍中の伯爵令嬢以上の身分持ち。ベルニカ出身。婚約者とリアムという少年の婚約者に嵌められてリベルタに売り飛ばされたそうだと報告して来ました」


「もうさっさとガイヤール総督、いや元総督か。に押し付けて送り返すべき厄ネタの匂いしかしないし、聞かなくてもほぼ分かってるが、リアムという少年の身元に関する情報は取れたか?」


 そう確認すると、ディックはデスクで何か書き込んだ書類を決済済の方に一枚移動させながら首を振った。


「それはまだ」


「ごめんなさい。抜けてくるのが遅くなっちゃった。リアム君は部屋で待たせてるわ」


 ちょうどその時、軽快なノックと共に、ピンクの髪の女が入って来た。リアムにつけたリコリスである。


「あら、ケインさん。こんにちは。ディックさん、報告しますね。彼の名前はリアム、姓は名乗ってくれなかったです。十六歳。婚約者と上手くいっていない。庶子。正妻に命を狙われたこともある。父親は自分を実子としているが、本当に実の父か怪しいと本人は思っている、ぐらいかな。案外口が固くて身元のことは話さないの」


「確定だろう。ガイヤール元総督と一緒にメルシアに送りつけるのがベストだな……。アレックスとジーナの二人には会わせない方がいい」


「残念。お嬢とあの面白いソフィアちゃん、絶対に気が合うと思ったのに」


 ハーヴィーが頭の後ろに手を置きながら言うのを無視したケインは続けた。


「元総督には総督に特例で再任官出来るように手紙に書いておいた、一度帰国して王から直接任官を受けろと言えば、嘘だと知らずにホイホイ送り届けるだろうさ。ハーヴィー、いい判断だ。いきなり総督のところに行っていたら総督は絶対にアレックスに話を持ち込んでいた。そうなったら絶対首を突っ込んでいただろうからな」


 ケインは肩を回すと、唇の端を歪める。


「さて、自分の役目も忘れて盛っている駄犬を躾に行くとするか」


 久しぶりに見た剣呑な男の態度に、その場にいた者は全員震え上がった。

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