リアムの受難
「その! 困ります! ちゃんと自分で洗えますから!!」
リコリスと名乗ったピンクブロンドの若い女に有無を言わさず服を剥ぎ取られて連れて来られた風呂場。
薄い布製の入浴着を身につけて、浴槽に入ってきた女がたっぷりと泡だった石鹸をつけた布でリアムの肌を洗ってくれる。
本来ならば王子であるリアムはそうやって傅かれてしかるべきで、乳母や侍女や侍従に全てやってもらうのが当然なのだが、リアムの母であるベアトリクスはそれを良しとしなかった。
幼い頃暗殺されかけてから、なるべく他人に頼らず自分のことはなるべく自分でやるようにリアムを育てた。
だから他人にやらせるのに違和感があるし、まして、同年代の明るくて可愛らしいほぼ裸の女性にやってもらうのは抵抗がある。
「そんなに恥ずかしがらなくて大丈夫。お姉さんに身を任せて」
「せ、背中とか自分の手が届かないところだけお願いします!」
「そんなこと言わないで。中もしっかり洗わないと病気になるわよ」
むいて綺麗にしてあげようか。と続けられ、何を意味するか分かって、恥ずかしさに股間を布で押さえて俯いていると苦笑した気配があった。
「耳まで真っ赤よ。ごめんね。こういう初心なお客様ってあんまりいないし、あなたはお客様ってわけでもないから、からかいたくなっちゃった。坊やは何歳?」
「……十六です」
「え、うそ。こんなかわいい十六歳が実在するの?! その年頃の男の子ってもっとギラついてない?」
「そうですか?」
「据え膳食わねば男の恥じゃないけれど、喜んで飛び乗ってくる子の方が多いと思うわ」
そう言われて思い出したのはテオドールのこと、そして、婚姻を結んでいない両親のことだ。
「……お互いに心から愛し合って、ちゃんと結婚した人としかそういう事をしたくないだけです。変ですか?」
「変じゃないけど、貴族なら政略結婚とかもあるでしょ。それに、その若さでそう思うようになったのは不思議だなって」
「うちの父には政略結婚した妻がいました。母は妾で、正妻が産んだのは娘だったから、僕は父に後継と認められている。けど、周囲にはずっと庶子だと嘲られていた。そもそも父と似ていない、父の子じゃないとも責められていました。母は僕の事を愛してくれているけれど、そんな不確かな行為で僕をもうけた事に対しては怒りを覚えているし、その轍は踏みたくない」
前にソフィアに話した事で心の鍵が緩んでいた。そして、彼女とは初対面で、これからも関わりが薄いだろうという気持ちがリアムの口を滑らせた。
「リアム君はとっても優しいのね。それにとっても立派よ。その気持ちは大事にしないとね」
しんみりとした口調で呟いた女は、その湿っぽさもこすり落とすかのように、背中の垢を擦った。
「せめてきっちり綺麗になって、好きな子に振り向いてもらえるようにしないとね」
「え、好きな子って?!」
「あら、自覚なし?? あの銀髪の美人さんに片想い中なんじゃないの?」
「?!?!?!」
泡だらけのバスタブの中から反射的に立ち上がったリアムは自分が全裸を晒している事に気がついて慌てて浴槽にしゃがみ直した。
「そ、ソフィアとはし、しんゆうで!! そういうわけじゃないんです!!! 僕がそんな風に思ったって迷惑だし! 向こうから見たら僕なんてお花ちゃんだから…!! 相手にもされないし!!」
泡まみれの水飛沫をあげながら早口で弁明したリアムは、生暖かさと甘酸っぱさの混じった目でリコリスに見つめられていると気がついた。
「相手が貴方の事をどう思っているかと、貴方が彼女の事をどう思っているかは関係ないわよ。好きなら素敵なところをいっぱい見せないとね。まずは見た目から、お姉さんが貴方の恋に協力してあ・げ・る」
「けっ! けっこうですー!!!!」
浴室に響くリアムの悲鳴も虚しく、リアムはピカピカに一部の隙もないほど磨きたてられるのだった。
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