最高のスパ体験(ソフィア)

 娼館には淫靡なイメージがあったが、この建物は白い壁の南国風の建物でどこも明るい。

 ふかふかの青い絨毯を歩いて、三人はそれぞれ隣同士にあたる部屋に連れ込まれた。

 ソフィアが連れてこられた部屋はモスリンのカーテンが可愛らしい、清潔感にあふれる暖かな空間だった。


「私はマグノリアよ。お嬢さんのお名前は?」


「ソフィアですわ」


「あら、貴族でしょう? 名前で呼ばせてもらっていいの?」


「ええ。私は気にしないわ。それよりも早くお風呂に連れていってもらえるかしら。この大陸についてから何度か行水はしたのですが、石鹸もなく汚れを落としきれなくて」


 マグノリアと名乗った女は冬の晴れ間の光のような淡い金髪と白皙の肌、銀色にも見える淡いグレーの瞳の驚くほどの美女だった。背は高くスレンダーなのにくびれはしっかりとしていて一際細い腰から伸びる足はすらりと長く、スリットから覗く太腿は艶かしい。

 それなのに、大雑把だ、淑女の自覚が足りないと口うるさく母に言われている自分よりも、よほど洗練されて上品な所作をしている。

 これならばどんな貴族の元に嫁いだとしても問題がない。社交界に出ても誰も彼女が娼婦であるとは思わないだろう。

 ソフィアは浴室に案内されてまた驚いた。浴槽に注水する設備と排水する配管があり、しかも温かいお湯を溜めることが出来る。こんな設備は見たことがない。


「さ、どうぞ。そのボロ布は捨ててしまうから、そこのゴミ箱に入れてちょうだい」


「確かに質素な服ですけれども、まだ着られる服ですし、下げ渡した方がいいのでは?」


 布は貴重だ。ノイメルシュではそこまでではなかったが、故郷のベルニカでは貴重な布を無駄にしてはいけないと言われ、下げ渡すことが当然で、解いて布に戻して仕立て直す事もあたりまえに行われている。

 それでも着られなくなったこの間のような服は焚き付けに使う。


「リベルタは綿花の製造が盛んで、新しい紡績機が作られて布も手に入りやすくなったの。もちろん質の良い物は古着屋に持っていくけれど、神殿騎士団の物は品質が良くないのよね。だから即焚き付けにして、このお風呂を沸かす元になるわけ。このお風呂は鉱山のポンプの応用なのですって。珍しいでしょう? お湯もすぐ溜まるからとても便利よ。時々ぬるくなっちゃうけど」


 それならばと納得して服を捨てて浴槽に入ると、すばらしく泡立ちの良い石鹸と垢擦り用のブラシで身体の隅々まで磨かれた。それを一度ではなく何度も繰り返し、浴槽に垢が浮かばなくなるまで磨き上げられて、やっとバスローブを着せられて、肌触りの良い布で髪の毛の水分を拭き取られる。

 それで終わりかと思ったらベッドに寝そべるように言われてうなじから背中の産毛を手入れされ、顔も体も香りのいいクリームをたっぷりと擦り込まれマッサージされる。

 もちろんこういった経験は初めてではないが、何もかもの質が良いことに驚かされる。

 女の優しい手つきで施されるマッサージにうっとりとしていると、どこか問題はないか、不快に思う感覚はないか尋ねられ、それに答えればしっかりと修正してさらに手入れを進めてくれる。


「肌が真っ白ね。日焼けの跡もないし滑らかで張りもあるし、羨ましいわ。この肌の白さ、産まれは北の方かしら」


「ベルニカ……んっ、ですわ」


「あら、やっぱり? 私はディアーラの出身なの」


 ディアーラはノーザンバラとベルニカの間にあった小国だ。彼女が物心つく前にノーザンバラに領土を奪われた。


「どうして……あっ……そこ…もっと。こんな遠くに?」


「ノーザンバラに故郷を焼かれて、流れ着いたのよ。ソフィアこそ、どうしてこの島に?」


「売り飛ばされたんです。リアムと一緒に」


「リアム君って、あの純真そうな男の子ね。姉弟揃って親御さんに売られたの? 酷いことするわね」


「いいえ、うちの父は……そんなことっ……リアムは兄弟じゃない……んんっ、いい……」


 辛い思いをしてからの天国のような環境にソフィアの気持ちもほぐれ、口も軽くなる。


「私達を売り飛ばしたのはわたくしの元婚約者とリアムの婚約者ですわ……。二人が不義を働いていたので証拠を押さえて糾弾しようとしたら……売られて……ああっ! そこっ! 最高……」


「それは災難だったわね。ベルニカからここまで遠かったでしょう」


「ノイ、メルシュ……の、学生だったので。ノイメルシュからっ! つっ、そんなところまでっ……」


「王立学園の生徒さん? 騎士爵以上の選抜試験に通った子か、伯爵家以上の子しか入れないって噂の。選抜試験はとても難しいって聞いたわ。どんなことを学ぶの? 学校なんて行ったことがないから興味があるわ」


 女は聞き上手で、気がつかないうちにソフィアは二人との関係や、売られた経緯など腹に溜まったものををつらつらと話していた。


「大変だったのね。せっかくだからメイクもしてドレスも素敵なの着ましょうか。待っていて。今持ってくるから。選ぶのに時間がかかると思うから少し寝てても良いわよ」


「は……ぃ……」


 程よい硬さの枕に顔を伏せ、ソフィアは身体の力を抜いた。ベッドもマグノリアがかけてくれた上掛けもあまりにも心地よい。王宮のゲストルームのベッドの寝心地がこんな感じだったなと思い出しながらソフィアは微睡に落ちていった。

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