海亀島

 重い木と木の当たる音がする。

 リアムは甲板でのライモンドとハーヴィーの手合わせに目を凝らした。リアムにはとてもついていけないスピードで何合も剣を打ち合わせ続けている。


「やるな! というか、あんたの師匠は誰だ!? 赤狼団の型によく似ているが!?」


「さあ? 師匠というか剣を教えてくれた人は、十年ぐらい前にここらに来たんだが、詳しい事は知らないよ。ただめっちゃ強いんだ。島についたら紹介できればいいんだけど。あ、そうだ。島と言えば、一度エリアス島の隣の海亀島に寄ってもいいか? 言いたかないが三人とも結構臭うし、その服装で総督の前に連れていけないから、身なりを整えたほうがいい」


「だ、そうですが、構いませんね! 二人とも!」


「もちろん。反対する理由がないよ」


「お風呂に入れるならぜひお願いします」


 一も二もなく了承して、海亀島と言われる島に着き、リアム達は目を見張った。

 港の規模こそコンパクトだったが、桟橋も真新しい、開発されたばかりと思われる港から整然と区画整理された広い石畳の道が続いていた。

 そしてその道沿いには石造や漆喰で固められた木造や完全木造の建物が並んでいる。

 材質は様々だがどれも窓は大きくて、バルコニーがついている建物も多く、南国らしい開放感に満ちている。嵐に備えて窓には鎧戸も完備されているようだ。

 そこは整然としているが個性的な建物が並ぶ新しく美しい街だった。


「この島はちょっと前まで最悪の歓楽街として名を馳せていたんだけど、オクシデンス商会が中心となって再開発したんだ。もちろん今だに歓楽街が中心だけど、観光客やエリアス島の島民が遊びや泊まりに来ても楽しめるように宿屋や商店や食堂を整備して、治安もぐっと良くなった。この道をまっすぐ行くとエリアス島とこの島を繋ぐ橋があるんだが、今はそちらの地域が再開発中だ」


 桟橋を降りてすぐの場所に作られた屋台は、香辛料たっぷりの肉串や、海鮮のクリームスープ、薄くて白い半円形のパンに薄切り肉をたっぷり詰めたものを売る店など、どれもいい匂いで旨さを主張している。

 甘いものの方も、じょうごで生地を花の様な形に油に落として揚げたパンケーキや、飴がけのフルーツ、生のフルーツをその場で切ってくれる店など様々である。

 メルシアでは見たことのないラカダンという文字と黄色い弓のような果物の絵が書かれた店では、その果物に衣をつけて揚げた物やノイメルシュでは高級品のチョコレートをかけたものまで売っていて、観光客と思しき人々が列を作っている。


「なんか、食べたいものがあればご馳走するよ。ちょうど昼過ぎで腹もすいてるんじゃないか?」


 ハーヴィーの提案は魅力的だったが、ただで船に乗せてもらって、身なりを整える算段をつけてもらって、さらに食事まで奢ってもらうなど申し訳なくて頷けない。


「いえ……あの、お申し出はありがたいの……」


「おごっていただけるんですか? ありがとうございます。細マッチョなのに太っ腹! わたくし、あの肉の串焼きが食べたいのです! ものすごくいい匂いがしていておいしそうですわ!」


「あ! 俺も串焼き肉で頼む。肉肉しい料理はここしばらくご無沙汰だったしな。リアムはどうします?」


「え、悪いから…い」


「クラムチャウダーって書いてあるあのスープなら、胃にも悪くなさそうですわ。それでよろしい?」


 被せるように言ってきたソフィアがリアムにだけ聞こえるように耳打ちしてくる。


「こういう時に遠慮したりビッた態度を取るとナメられますわよ。図々しいぐらいで良いんです。気になるなら、国に戻ってからオクシデンス商会に便宜を図ればいい。私たちに利便を図るのは彼らの投資のようなものだと割り切れば良いんです」


「……ごっ! ごちそうに! なります!」


 リアムが裏返った声でそういうと、衒いのない笑顔でハーヴィーは頷いた。


「買ってきてやるからここで待ってな! 実は俺も腹がペコペコでさ。ラトゥーチェ・フロレンスはここから歩いて半刻以上はかかるし、腹ごしらえしないとな!」


 そう言って身を翻したハーヴィーが、紙袋に入れた肉の串を数本と、クラムチャウダーを抱えて帰って来た。


「どうぞ。ここの屋台はうちの手が入っているから安全だよ」


「安全じゃない屋台って?」


 訊ねながらリアムはスープのカップに口をつけた。貝の旨みが染み出したスープは暑い中食べてもとても美味しい。

 ライモンドもソフィアも串焼きの肉を美味しそうに頬張っている。


「ここが再開発される前の話だけどな。あそこの親父は食用にしない肉……まあ鼠とか、あんまり深掘りしない方がいい肉を串にしていた。この香ばしくて辛い激旨スパイスは悪い肉の臭みを消す為のアイデアだったってわけ。あ、今はうちがおろした家畜の肉だから安心して。ただ、まだそういうところも無いわけじゃないから」


 言える肉が鼠だけと気づいて、げんなりと肉串を眇め見て、一瞬の躊躇いの後かぶりついたライモンドに対して、ソフィアは全く気にする様子もなく串を横にして肉に齧り付き、串から引き抜いて咀嚼している。


「これだけ美味しければ、肉が何かなんて些事ですわ」


「お嬢さんは大物だな。うちのお嬢より豪胆な子は珍しい。気が合いそうだ」


「お嬢?」


「オクシデンス商会の商会長が溺愛するお嬢様だよ」


 鼠の肉に些事とかいうソフィアと気が合う娘がどんなタイプなのか全く思いつかなくて、リアムは曖昧に微笑んだ。


「あら、わたくしと気が合いそうだなんて。きっと素敵な方ですわね」


 ごほっと全員が吹き出し、ソフィアは眦を吊り上げる。


「そこで笑うのは失礼でしょう?!」


「ごめんごめん。ソフィアはいつも自信に満ち溢れてていいね」


「褒めても何も出ませんわよ。ほら、さっさと食べ終えて、ひとっぷろ浴びに行きましょう」


 皆で和気藹々と昼飯を取って、整備された道を歩く事、一時間一刻弱。

 眺望のいい丘の上、高い壁と柵で囲まれた邸宅が現れた。庶民的で新しく南国の明るさに満ちた街の雰囲気とは全く違った。

 何かを隠すような外壁で、門は金属の柵で出来ており薔薇をモチーフにした精緻な細工がされている。貴族の館に設られた門の様だ。


「ついたよ。ラトゥーチェ・フロレンスだ」


「おい、ここは娼館だろ? 俺達を騙して売り飛ばしに来たのか?」


 眉間に皺を寄せて、リアム達を守るように一歩前に進み出たライモンドにハーヴィーは目を細めてそのぎざついた歯を見せた。

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