謝罪

 開けて翌日。神殿騎士団の港に小型の帆船が錨を降ろした。

 十人ほどの船員に、ライモンドと同じ年頃の褐色の肌の長身の男が指示を出し、荷車に木箱や樽を積んでいる。

 ジョアンに誘われたリアム達三人はその作業の邪魔にならないように港の片隅に立っていた。

 大量の荷物が乗せられ、いかにも重そうなそれを引くのはバティスタだ。

 近くを通った時、ものすごい目でリアムを睨んできたが、こちらに襲いかかってくることもなく荷車を引いて、とぼとぼと砂煙の舞う土の道を街の方へ歩いていく。


「神殿騎士の約定を破らせた罰として、労役を課しました。昨晩と同じように問題を起こせば騎士の位を剥奪し、この街から放逐すると警告してあります。さて、彼らを紹介しましょう。あれで荷下ろしは終わりだと思いますし」


 淡々と言ったジョアンはリアム達を、先程指示を出していた若い男の前に連れて行った。


「あれ、ジョアン殿がここに顔を見せるのは珍しいですね? 何か特別に入り用なものでもありますか?」


 鮫のようにギザついた歯を見せながら笑った男に硬い顔のジョアンは首を振って何かが書かれた紙を手渡した。


「必要な物はいつも通りリストを作っておいた。急ぎの物はないから、次回の時に頼む。本題だが哨戒の際に密貿易船に囚われていた彼らを助けた。メルシア連合王国の身分ある方の子供との事なので、条件が折り合うなら総督府に連れて行って欲しい」


 ジョアンに招かれて、リアム達三人は男の前に立たされた。軽く頭を下げると、少し考え込んだ男は人好きのする笑顔のまま頷いた。


「構いませんよ。帰る船で行きよりもうんと軽いですし、人助けなら商会長も否とは言わないと思います」


 ジョアンの提案を快諾した男は笑顔のままリアム達に話しかけてきた。

 

「はじめまして。俺はハーヴィー。エリアス島を拠点にしているオクシデンス商会の商会員だ」


「よろしく。俺はライモンド・シュミットメイヤー。赤狼団の所属。この二人はリアムとソフィア。俺の護衛対象だ」


 リアムが自己紹介をする前に、ライモンドが一歩前に出てにこやかに口を開く。黙っていろという意図を感じて、リアムはもう一度、頭を下げるに留めた。


「そう警戒しないで。我々オクシデンス商会はメルシア総督とも懇意にしています。怪しい者じゃないですよ」


 ライモンドのにこやかさの裏に、何か含むものがあると思ったが、それを相手は警戒と受け止めたようだ。


「あんたが相当な使い手なのが見て取れるから、警戒せざる得なくてな。悪かった。エリアス島まで乗せてもらえるとありがたい。費用は神殿騎士団にツケておいてもらって構わない……んだよな?」


 そして、それは概ね間違っていなかったらしい。和やかな表情は崩さないままライモンドは肯定した。


「ああ。騎士は約定を違えない」


「ついでだし、せいぜい三日ほどの航海だ。神殿騎士団には懇意にしてもらっているから、代金は不要だよ。そうだな、無料が気になるならライモンドさん、船の上で手合わせの機会を作ってもらっていいかい?」


「木剣でならば構わないが、怪我をするような手合わせはごめんだぞ」


 ライモンドの返答にリアムは少なからず驚いた。

 ライモンドは赤狼団の若手の中でも突出した使い手だ。彼が手合わせで怪我をする可能性を示唆するのは珍しい。


「もちろんだ。さて、精算が済んだら出航するから貴方達も支度して乗り込んでくれ」


 元々の荷物もない。船を示されて乗り込もうとリアム達はそちらに足を向けたが、リアムはふとそれを止めてジョアンの方に駆け寄った。


『ジョアン殿。多少の行き違いはありましたが、密貿易船で助けていただき、保護していただいたこと、暖かな寝床と清潔な服とたくさんの食料を提供していただいたこと、感謝しています。ありがとうございました』


 ぺこりと頭を下げると、複雑そうな顔で、それでもジョアンは微笑んでくれた。


『君は……良い子だな。ひどい態度を取ってしまってすまなかった』


『いえ。しがらみもありますし、仕方がない事だと思っています』


 そう、それは仕方がない事だ。心は曇ったままだが、ジョアンの謝罪にほんの少し救われた気分になった。

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