気働きのライリー

 ディフォリア大陸最西端の港町、ハンバー。

 首都が遷都してメルシア王国旧都メルシュがのんびりとした田舎の古都となったのに反し、リベルタ大陸への玄関口としていまだに活気に満ちた街である。

 ライモンドはろくに寝ないまま馬を変えつつ陸路で十日ほどの強行軍でここまで辿り着いた。


「くっそ手間をかけさせやがって……!!」


 ノイメルシュ首都でリアムが借りていたと言われた部屋を実際のところテオドールが使っていた事を秒で確認し、近隣の住人からあの日にそこに出入りしていたならず者を突き止めると、口には出せないような方法で素直になっていただいて、彼らが海路を使ってハンバーに連れて行かれ、そこで詰め替えられてリベルタ大陸に出荷されるという事まで突き止めた。

 海路でその後を追っては間に合わないと、陸路フィリー山脈を馬で越えた。

 赤狼団の子としてずっとその辺りを駆け回っていて土地勘があるからなんとかできたが、疲労困憊である。フィリー山脈に雪が積もる前で助かった。

 あと少し遅ければ山は雪に閉ざされ、自分でも越えられなかっただろう。

 港湾事務所に駆け込んで港の封鎖を命じ、湾内の船に臨検を行わせるように手配し、王に手紙を書いて一息ついたとき、慌ただしく出港準備を始めている船を見つけた。

 封鎖前に港から出ていきそうなその船に彼らが囚われていたら困ると、忍び込んで似たような見た目の下っ端乗組員と入れ替わり、船の中を探索した。

 船底にもう一層船倉がありそうなところまで分かったところで、ライモンドは頭を抱えた。

 船員に号令がかかり、船が出航したからだ。

 港の封鎖は間に合わなかった。自分が乗ったこの船に二人が乗っていれば良いが、乗っていなければ、かなりまずい事になるだろう。なんせ往復4ヶ月もの間、捜索の手を緩めることになるのだ。


 というのが二ヶ月近く前のこと。


「おぃ、きーてんのか? ライリー?」


「おう、わりぃ。今日の夜の酒のことを考えてた」


 この船は幸いにも船員の入れ替わりが多く覚えていないものも多いようで、ライモンドも乗組員ライリーとして受け入れられた。

 元々傭兵団の出身で荒くれ同士の気安い付き合いに馴染みがあっただけに、乗組員とも打ち解けられている。

 とはいえ、地下の船倉についてはごく限られた役職付きしか立ち入りを許されておらず、まだそこに彼らが居るという確証は得られていない。


「今日は酒なんて出ねぇよ。船長から甲板長まで食あたりで寝込んでる。ヤツら、俺達に内緒でうめえもんをたんと食ってそれにあたったんだ」


「へぇ。じゃあ、人手も足んなくて大変だな。やれる事はあるかい?」


「気働きのライリーならそう言ってくれると思ったぜ」


 この船も長いというベテラン水夫に組まれた肩を叩かれて、厨房の手伝いに入るように言われる。

 食事の支度を手伝い、船員に配給して船長の元に薄いスープを持っていくと青い顔をした船長がライモンドに船倉に食事を届けるように命じた。

 ここで、今まであちこちに媚を売り、仕事ができるアピールを繰り返してきた成果が出た。

 逸る心を抑えて船倉の鍵を受け取り、厨房で堅パンと水を受け取って下へ降りると、そこにはやつれ果てて小さく膝を抱えるリアム……いや、やつれて薄汚れてはいたが、案外元気そうに隣にいる薄汚れた少女と会話して笑顔など見せているリアムと、共に行方不明になった少女が檻に入れられていた。

 その思ったよりも呑気な二人に特大の舌打ちとため息が漏れたのは許されるに違いない。

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