演技派
※テオドール視点、時系列は前話の続きです。
「殿下が個人的に借りていた部屋というのは?」
そうライモンドに尋ねられたテオドールは無意識に己の唇を舐めた。
ライモンドは傭兵上がりの平民教師のくせに自分に対して横柄な態度を取る鼻持ちならない男で、自分を優遇せず、リアムのことを贔屓する嫌な奴だ。
父に辞めさせられないか聞いてみた事もあったが、赤狼団とその団員に関する事は王の専権事項で公爵家の権力をもってしても、王の決裁か本人の意思がなければ動かせないという事だった。
「実は、彼は花鏡通りに部屋を借りていました。そこを拠点に遊び歩いていて……」
「いやいや、さすがにそれはないだろう? 殿下は放課後、ほぼ毎日図書館にいた」
「これを使って入れ替わっていました。図書館で俯いて本を読んでいればバレないだろうって。彼の方も出かける時は僕の髪と同じ色のカツラ使っていました」
聞かれる可能性を考えて帰り道で用意しておいたリアムの髪色と同じカツラを見せると、整えられた太い眉の端が一瞬上がった。
「へぇ……それは、知らなかったな。君が殿下の言いなりになっていたなんて。婚約破棄騒動の時は立場が逆に見えたものだが」
「リアムに、皆の同情を買って注目を浴びたいと言われて。だから僕は悪役をしていたんです」
そう言ってテオドールは視線を下げた。
「信じてもらえませんよね……。僕も辛かったんです。でも、あいつは王宮でもそうやって同情を買っていた。意地悪な身内にいじめられる可哀想な子供として父親や宰相の気を引きたいって。それがいじましくて僕はつい……」
「ああ、それはお優しいな」
信じてないとはっきりわかるライモンドの醒めた声に、テオドールは傷ついた子鹿のように睫毛を瞬かせて唇を噛み締める。
「信じてくれないとは思っていました。リアムとの口約束で証明出来ないですし……。でもリアムが部屋を借りていた事は証明できます。信じてもらえないかと思って部屋の賃貸契約書は借りてきたんです。大家曰く、リアムも写しを持っていると」
ここにくる前にテオドールは入念な支度をしてきている。
一緒にこの部屋にやってきた教師も味方だ。女生徒と交際しているのをつついてやってから自分に頭が上がらない。
そして今、テオドールの手にある契約書はリアムの書き置きの署名を真似てリアムの署名を書いた偽物だ。
偽物とはいえ、大家に合鍵をソフィア達に渡したことを非難して脅しつけて署名以外は正式な書式で作らせ、リアムの署名も手紙を元にそっくりに書かせたのだ。本物と区別がつかない。
それを二部作らせ、事前にリアムの部屋のデスクに隠してからここに来た。
手渡した書類を眇めて、ライモンドは隣にいた別の教師にそれを渡した。
「そうか。なら、本当にあるのか彼の部屋を家探ししないとな。で、なんで駆け落ちした二人がそこに居ると思っていたんだ」
「確かにそうですね。実は僕はあの二人がそういう仲だったのを知っていたんです。捜すならあそこからかなって。いれば先生達に見つからずに説得できて彼らも戻ってこれるだろうと。真実を詳らかになれば、ソフィアの名誉も傷つく」
「その割には婚約者の令嬢に対して酷い言い様だったが? 浮気を疑っているようにも聞こえた」
ライモンドはまったく疑いを解かず、しかもなかなか嫌な所をついてくる。イラっと揺れる心を抑えてテオドールは悲しげに見えるように上目遣いで視線を合わせる。
「僕も聖人じゃありませんから。彼女とリアムの仲を明らかにしないと決めても匂わせるぐらいはしてやってもいいって思ってしまって。だから、リアムは動揺してたでしょう。先生方だけなので断言しますが、彼らは以前から不適切な行為に耽っていた。それが僕達にバレた事で彼らは駆け落ちという極端な行動に走ったんじゃないかと思います」
教師にとってテオドールは出来のいい公爵令息だ。運動も勉強もそれなりに良く出来て、社交的で闊達で教師ウケはライモンド以外には悪くない。
さらに、特に仲が良い教師や職員が先ほどの彼の他にも数人存在している。
だから、ライモンドだけでなく、他の教師にも助けを求めるようにその緑の瞳を向ければ懇意にしている教師が取りなしに入ってくれる。
「ライモンド先生、二人が自らの意思で姿を消したと見て良いんじゃないですか? 彼らのご両親には伝えるかどうかは別として、内密に捜索して連れ帰るのが穏当かと思いますが。殿下はともかくベルグラード公爵令嬢は女生徒でしょう? これが詳らかになれば醜聞になってしまいますから。あくまでも秘密裏に」
長い長い沈黙の後、息を吐き出したライモンドは唇の両端を持ち上げた。
「ええ、そうですね。俺は一介の剣術師範ですから、彼らの関係性や行動を把握できていませんし、当事者が言うのならばそうなんでしょうね。確かに内密にするのは大切です。自分の首の為にも。では、彼ら二人につきましては先生にお任せしてよろしいですか? 一応、謹慎を破った罰として二週間の謹慎の追加ぐらいは課しておいた方がいいですよ。外聞のためにも。ああ、殿下の為に破った事を差し引いて十日かな」
テオドールは殊勝な顔は崩さないまま、ライモンドが自分の言葉に納得したような発言をした事に、ほんのりとした勝利感と安堵で小さく息をついて口元を緩めた。謹慎は腹立たしいが、十日ならば許容範囲だ。
その瞬間、陶器の面のように表情を消していたライモンドの顔が怒りで引きつったのには気がつかなかった。
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