暗号
※ライモンド視点です。
時間はほんの少し遡る。ライモンドは思わず手の中のリアムの書き置きを握り潰した。
「あんの、クソガキ……」
リアムは従順な子供だった。いや、隷属的と言ってもいい。こちらがルールを示せば多少不服そうでもそれを守る。王位の継承者としては不安だが、庇護者としては楽で良かった。
ライモンドの表向きの仕事は教師だ。剣術や集団戦闘の戦術などを教えている。卒業パーティのゴタゴタで一週間近く休みにしてしまい、年度末にこれ以上休講にしないでくれと学園側に泣きつかれた。
そこで、リアムならば謹慎を破ることもないとだろうと置いていった。
代わりの人間を付けておくべきだったのに怠ったのは自分のミスだ。
ちょっとした買い物ならばいいのだが、ベルニカ公爵令嬢と少し出かける、という時点でただの外出ではないだろうと予感させる。
ライモンドは寮監の元に向かい、絶句した。
「殿下と出ていくところを見ていないどころか公爵令嬢が来たことを知らない? ベルグラードは来ていないってのか?」
「知りませんよ! 名前が書いてないなら来てないんじゃないですか? じゃなかったら規則を破ったかだ。生徒は授業だから施設の点検に出ていたんですよ! そうしたら、通用門の鍵が壊されていて慌てて修理していたんです! 子供達がこっそり使ったらコトですからね!」
「その結果! 王子殿下がいなくなっているんだ! ここで一番いなくなったらやばいお人がな!」
ライモンドは真っ青な顔で震え上がった寮監に、生徒がすべているかどうか確認するように命じて、職員室へ走り教師達へ捜索を要請する。王子の姿が見えないという状況に教師達も全ての仕事を放り投げてライモンドの指示に従った。
「
激昂し声を荒げたライモンドはビビり散らす寮監と教師たちを見てその怒りを押し込めた。
その四人が揃っていないならば、前回の揉め事の場外乱闘に決まっている。
ならばさっさと捕獲して今回こそきついお灸を据えてやらなくてはいけない。
一刻も早く馬鹿どもを捕まえないといけないのに教師や寮監に当たり散らすのは意味がない。
「あー、悪かった。ちょっと動揺してしまいまして。理事長と校長と保護者にお伝えするのをお願いしても良いですか? 俺は行きそうな所を探してみます」
保護者イコール王家と公爵家だ。この不祥事で自分を含めて職員全員失職するかもしれないが知ったことか。
半ばやけっぱちでライモンドが彼らを探しに会議室を出ようとした時、硬い顔をした教師と青ざめた顔のテオドールとエミーリエが連れられて来た。
「謹慎中のご令息ご令嬢がどちらにおいででしたかね?」
刺々しい態度で当てこするとエミーリエがワッと声をあげて泣きだした。
「ごめんなさい! 謹慎を破るつもりはなかったんです!」
「つもりがなかった人間がなぜ部屋を出た?」
「先生、エミーリエの代わりに僕から説明をさせてください」
泣きじゃくるエミーリエを庇ってそう言ったテオドールが封筒を差し出す。そこに入った手紙を一読し他の教師に回した後、ライモンドはテオドールを促した。
間違いなくリアムの筆跡で書かれた手紙だが、そこにはこの場ではライモンドにしか分からない暗号で文面以上のことが書かれている。
「で、なんでお前がこれを持っている?」
「エミーリエの部屋のドアの隙間に挟んであったんです。これを見て僕達慌ててしまって……。ずっと仲良く育ってきた幼馴染だったから。先生方を頼れば良かったのですが、その時は思いつかなかった。実はリアムは個人的にアパートメントを借りていたんです。そこにいるんじゃないかと思って見に行きました。それでも見つからずに街を探し回っていたんです。帰りが遅くなった事、ご心配をおかけした事、お詫び申し上げます」
殊勝な表情を浮かべ、そのあとも心配そうにいかに彼らを探していたのかを話すテオドールに彼らの外出はやむを得なかったのでは、という空気が流れる。
ライモンドは黙り込んだまま、じっと手紙を見つめた。
人間、沸点を超えた怒りを覚えると逆に頭が冴えて静かに表情も崩さずに怒ることができるらしい。
昔からそうだ。
他の教師は彼の弁才と演技力に絆され騙されているが、自分は誤魔化されない。
ベルニカのご令嬢がこの男の事を顔だけは良い汚物と言っていたが、的を射た評価だったようだ。
この上っ面だけはお綺麗なクソ野郎が何をしたのか探り出し、リアムを救い出す。
その後、この害虫をライモンドの手を煩わせた事を後悔させて分からせて、土下座で謝るまで追い詰めてボコボコにする。
そうライモンドは決意した。
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