雑種の王子様
「やっとお目覚めか? ウスノロ」
目を覚ますと体を動かせなかった。縄で縛られ床に転がされていたからだ。
ゴスっと鈍い痛みが頭に入る。爪先で蹴られたらしい。
「なんの……つもりだ。テオ」
「偉そうな口叩くな。王の血も引かないくせに、お情けで王太子の座に収まる雑種のくせに。正当な血統の僕の上にのさばりやがって」
邪魔なんだよ!と今度は肩を蹴りつけ踏みにじられる。痛みに呻くと、溜飲が下がったのかテオドールは喉の奥で笑いを漏らした。
「まあ、いい。それも今日限りだ。お前はこれから、駆け落ちをしてこの国からいなくなるんだからな」
「は? かけ、おち?」
「そこで伸びてるあばずれとお前は婚約者である僕達の目を盗んでひっそりと不貞を働いていた。だが、それがバレて、隠しきれないと察したお前は書き置きを残して二人で駆け落ちするんだ」
「
「僕達の関係の証拠はないさ。これでな」
テオドールは先ほどまでソフィアが取っていたメモを暖炉に突っ込んだ。小さな煙と共にそれはあっという間に端から焦茶に変わり白くなって暖炉の灰と同化する。
「そして、お前達の証拠はこれから作るんだ。幸いノーザンバラの狸女が前例を作ってくれているからなにも不審じゃないさ。王族が愛のために身分を捨てて駆け落ちするってな。それを許した間抜けな従兄弟殿に感謝しないと」
「かけられた責任を放り出して駆け落ちなんてするわけ! っ! エミー! 何を!」
すでに服を着たエミーリエが震える手で今だに意識の戻らないソフィアの首にナイフを押し当てた。
「別にこの女とお前の心中って事にしてやっても良いんだ。だが、僕も人殺しをさせるのは良心が痛む。だから、手紙を書いてくれ。私、リアム•トレヴィラスは継承権を放棄して、愛し合うソフィア•ベルグラードと二人、ひっそりと生きていきます。探さないでくださいと」
そうして、テオドールは縄を解いてリアムを机の前まで引っ立てた。ペンと紙を渡されて、先程の言葉を書くように迫られる。
リアムは逡巡した末にペンを動かした。
「下手くそな字だな。怖くて震えちゃってるのか?」
リアムのことを小馬鹿にしているのも隠さず、ついでのように小突かれた後、テオドールはそれを取り上げて封筒に入れる。
「駆け落ち……ってことは解放してくれるわけじゃないよな?」
テオドールはリアムの問いを無視して扉の向こうに声をかけた。
「入ってこい!」
どかどかと荒っぽい音を立てて入ってきたのは強面の男達だ。
「こいつらだ。売った金はくれてやるから、なるべく遠くに売り払え。北方以外でな。北方はこの女の実家があるから足がつく」
「なら、リベルタだな。金鉱が見つかったお陰で移民も多いから足もつきにくいし、奴隷も売っぱらいやすい。女はもちろん、鉱夫に向かない綺麗な顔の色男だって需要がある。アンタより地味だが幸薄そうな見た目でそういうのがウケるんだ」
ソフィアとリアムの顎を引っ張って持ち上げ、顔貌を確かめて下卑た笑い声を上げた男達にリアムは竦んだ。
このまま売られてしまっては、彼女にも自分にも碌な未来は待ち受けていない。
若くて美しい女は確実に酌婦か娼婦として売られるし、自分の方も鉱山で死ぬまで働かされるか、今の言われ方だと男娼的なものとして売り飛ばされるのかもしれない。
リベルタとはメルシア連合王国のあるディフォリア大陸から海を越えてはるか西、リベルタ大陸と名付けられた新大陸とその沿岸にある諸島を含むメルシア連合王国の統治領だ。
補給基地として発展し、統治領の総督府が置かれているエリアス島を中心とした沿岸一帯は一時、海賊諸島と揶揄されていた。
随分治安が回復して開発が進んでいるらしいが、今でも法治の及ばない歓楽街などもあるという。
「なんでもいい。ここに戻ってこなければそれで十分だ」
手足が自由だし、隙もあるから逃げ出せるかもしれない。だが、意識のないソフィアを置いて一人で逃げるわけにもいかない。
そっけなく言ったテオドールか、この男達をなんとか止めなくては、と、再び口を開こうとしたリアムの口に猿轡がかまされ、頭からずた袋が被せられた。
なんとか逃れたくてもがいたが袋の上から首を絞められリアムの意識は再び闇に閉ざされた。
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