不貞の理屈

「あれ? 外れた。消してしまいたかったのに。この距離で外れるなんて、これ、あんまり役に立たないね。耳も手も痛いし」


 硝煙が消えて彼らにそれが当たっていない事が分かって独り言めかして呟くと、どん引いた顔のソフィアが耳を抑えながら立ち上がった。


「不貞の証拠、ホクロの場所から粗品のサイズ、ヤッている最中の言葉まできっちりチェックさせていただきました。ぎっちり締め上げて、いただく物をいただいて婚約破棄させていただきますわ!」


 リアムの横に立ったソフィアは明らかに動揺して浮ついているのを隠すように高らかに笑って宣言した。

 だが、発砲されたテオドール達はそれどころではなかったらしい。

 飛び退るようにエミーリエから離れたテオドールはすごい勢いで散らばっていた衣服を身につけ、常なら出さないような裏返った声でリアムに尋ねた。


「り、リアム! 僕たちのこと殺す気か?!」


「いや、まさか。殺したいわけじゃない。消したかったんだ。気持ち悪い、ええと、ごみは綺麗に片付けておかないと」


「何考えているの? こんな事で銃を撃ってくるのおかしいわ! どうかしてる!」


 裸の胸をブランケットで隠したエミーリエが涙目で叫んだが、それは心に何も響かなかった。


「どうかしてる? こんな事? こんな事なの? そもそも二人が同衾しているのがおかしいだろ。君は僕の婚約者なの覚えてる?」


 ソフィアがテオドールの不貞の証拠を取るのに躍起になっていた通り、一夫一妻という宗教的な背景があり婚前にパートナー以外との性的接触が判明した場合、有責での婚約破棄事由になりうるのだ。


「仕方ないじゃない! 私達愛し合っているんだもの。分かってくれるよね? もちろん貴方のことも大切な幼馴染だと思ってるけど、愛を交わしたいのはテオとなの!」


「幼馴染ね。婚約者としてはどうでもいいんだ。分かるわけないだろ! 何を理解しろっていうんだ。僕と別れてテオドールと一緒になる事を納得しろってこと? それなら……」


「いいえ! 結婚はあなたとしてあげるから、私とテオが愛を交わすのをこれからも認めてちょうだい。それはあなたにもメリットがあることなの」


「してあげる? してもらう必要なんて感じない。お断りだ! それにメリットだって?! そんなものどこにもない!」

 

「あるわ。テオドールの子供ならメルシア王家の血統を正しいものに戻せるじゃない」

 

 話す間にかつてないほど激昂し、強気な態度を取れていたリアムだったがエミーリエの言葉がそれを打ち砕いた。

 糸の切れたあやつり人形のようにかくりと俯いたリアムに畳み掛けるように、エミーリエは優しい声で言い募る。


「貴方のお父様はリベルタ統治領へ駆け落ちした王妃様と騎士ですらお許しになった進歩的な方でしょう? テオドールはメルシア王家の血をちゃーんと継いでいるから王家の血を次代に繋げるし、こういう新しい関係だって、お許しくださるわ」


 黙り込んだリアムに歯痒さを覚えたのか、今まで様子見をしていたソフィアがそれに反論した。


「脳みそ沸いているんじゃなくって? こんなアバズレが連合王国の王妃の座につくのなら、ベルニカは独立を宣言せざる得ないでしょうね」


「私とリアムの話に嘴を突っ込まないで! 私はリアムとお話ししてるの!」


「……僕はもう……話すことなんてない。婚約を破棄しよう。その後、テオと婚約でもなんでもすればいい」


 やっとの思いでそれだけ返したリアムに全裸のエミーリエがすがりついた。まるで触手のように腕が首に絡みついて、薄い部屋着越しの胸板に、丸く豊かな乳房が押し付けられる。

 普通なら心臓が跳ね上がるような体験のはずだがなにも感じない。

 ただひたすら鬱陶しくて払いのけたいがその気力も湧かない。ごく近くで感じる甘い雌の体臭とそれにべっとりと張りついたテオの臭いが気持ち悪い。


「拗ねてるの? そんな酷いこと言わないで。婚約破棄なんてしたら、瑕疵がついてしまうじゃない! それにテオのお母様と私、折り合いが悪いの。それは貴方も知っているでしょう! なんでそんな酷い事いうの?」


「他の男と関係を持ちながら、王妃になる方が問題でしょう! この馬鹿! 雌犬! 売女! アバズレ! 恥を知りなさい! だいたい全裸で殿方に抱きつくなんて破廉恥ですわ! 離れなさい!」


 猥語を平気で口にし濡れ場も目を輝かせて見るソフィアだが接触については保守的らしく、エミーリエを引き剥がしてくれた。

 開放感と新鮮な空気に大きく息をつく。そのまま二人はキャットファイトの様相を見せ、ソフィアの頬が鳴った。


「リアムよりもテオの方が正統なメルシア王家の系譜だもの! 何もおかしくないわ!」


「は? 陛下の直系は殿下だけ。汚物は陛下の従兄弟、すでに傍系よ」


 エミーリエの艶やかな黒髪をソフィアは掴んで引っこ抜いた。その手を振り払って引っ掻きながら、エミーリエは今まで大っぴらには言われていなかった噂をはっきりと口に出した。


「リアムは陛下の血なんて引いてないわ。王宮の皆がそう言ってる! リアムのお母様赤狼団の娘が宰相閣下と陛下と二股がけして産まれたのがリアムだって! 王も、赤狼団や宰相との関係や面目を保つためにそれを指摘できずに仕方なくリアムを王子に据えてるだけだって!」


「やめてくれ……」


それはずっとリアムを苛んできた噂だ。リアム自身もそれが嘘だと否定できない、正しいのではないかと思っている。


「は?! なんなの、その妄言。ありえない。そんなこ……!」


 ろくな言葉も返せず頭を抱えるだけの自分に変わって、エミーリエに食ってかかり反論を続けようとしてくれたソフィアが突然、言葉の途中で崩れ落ちる。


 何が起きたのか分からないままに、反射的に振り返ると、そこに鞘を払わないままの剣を振りかぶったテオドールがいた。どうやら自分たち3人の会話が白熱した隙に動いていたらしい。

 かろうじてその一撃は避けたが、返す剣の二撃目が飛んできて首筋に当たり、リアムは倒れ伏した。

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