カチコミ⭐︎NTR現場

※軽い性描写があります。ご留意の上お進みください。


「でもどうやって入るんだ?」


「ここの大家に話をつけて、合鍵を作ってありますわ。ほら。音を立てないように気をつけて」


 しっと唇の前に指を立てたソフィアにリアムは頷いてみせた。幼い頃は何度も命を狙われてきたから、気配を消すのは得意だ。


「あら、元々空気なだけあってお上手。ではカチコミますわよ」


「あの時の言動を不問にしたから全部不問にするとでも? 言い過ぎだ。さっきの紙、返してくれ」


 悪意は感じないが、許せるものでもない。釘を刺すと、興味なさそうに少女は手を振った。


「その話、今じゃありませんわ。出鼻を挫かないでくださいませ」


 ぴしゃりと跳ね除けた少女は音も立てずにドアの鍵を開けてそっと部屋に踏み込んだ。

 カチコミと言ったが、さすがに怒鳴り声をあげながら踏み込むわけではなくて、ほんの少し安心する。

 物陰から部屋の中を確認した少女は音もなくリアムを指先で招いた。

 一瞬ためらったが、ここまで来て彼女を置いて帰ることもできない。意を決して一歩踏み出すと、予想外に板張りの床が軋んでリアムはどきりとした。


『ごめん…!』


 唇だけ動かしてで謝るとソフィアは口の端を歪めた。


「それぐらいの音でしたら大丈夫ですわよ。ほら、聞こえますでしょ。ギシギ……!」


 確かに聞こえる。

 すごく盛り上がっている。なにを言わんとしたかは分かる。

 だが、倫理的にこれ以上言わせてはいけないと判断してリアムはソフィアの口元を抑え、しっ、と合図を送り、音の出所を探った。

 奥から響く男女の甘ったるい声と木製のベッドフレームが軋む音。その声はあの二人によく似ている。

 手を離して指でその方向を示し、二人でそっとドアに隙間を作って寝室と思しき部屋を覗き込むと裸の男女が絡み合い、まぐわっているのが見えた。

 お互いに名前を呼び合い快楽のままに喘ぎ叫ぶ音と唾液や体液の混ざる音が耳を汚染する。

 それは閨の授業として解説されたものよりも、もっと生々しくて醜悪で気持ちが悪かった。


「ベストタイミングですわね。ほら、見えます? 汚物が汚物を挿入してる真っ最中ですわ。あらやだ、お粗末な事」


 してやったりといった表情で、扉の隙間から真っ最中の二人を観察してメモを取るソフィアに対し、リアムは言葉も出ず、ただ呆然と二人を見つめていた。

 先程は止めたソフィアのあけすけな言葉を嗜める事もできなかった。

 随分良くなったはずの胃が再びギリリと痛んで、中の物が悪心となって迫り上がってきて、たまらず口元を押さえた。

 リアムの婚約者だと知っているのに手を出すテオドールも、婚約者なのにテオドールにそれを許したエミーリエにも嫌悪感が沸いた。

 いや、今まで目を逸らし続けてきた嫌悪感を自覚したという方が正しい。

 昔はエミーリエの事が特別だった。初恋だった。

 連合王国が今のような形になる前、ディフォリア大陸西端に位置し急峻フィリー山脈で他国と隔てられたメルシア王国から陸路で隣国に攻め入るのは困難だと言われていた。

 だが、リアムの父ヴィルヘルムは困難どころか不可能と考えられていた冬のフィリー山脈を、王国が出来る前から山に根ざしていた赤狼団の案内で共に越えた。

 そして、隣国キシュケーレシュタインを侵略し、それを足がかりに大陸中央へ躍り出て各国を平げ、ノーザンバラ帝国と相反する国と連合しメルシア連合王国を作り上げていった。

 戦の天才であり、今では大陸の最も肥沃な三分の一を手にした賢征王と呼ばれている父の華々しい第一歩だ。

 だが、その一方でキシュケーレシュタインへの侵攻については汚点として見られることも多い。

 元々不仲だった隣国に対し冬の苛酷な行軍で荒ぶったメルシアの兵士達は理性を失い、モンテベルク王城で苛烈な虐殺行為を行ったからだ。

 その中で王族もほぼ全て殺されたが、唯一王妃は妊娠していたにもかかわらず保護され、その命を助けられた。彼女は他国から嫁いできた元王女で生国と密約が結ばれていた。

 後に彼女はメルシア王宮で女児を出産した。それがエミーリエである。その後、キシュケーレシュタイン王妃は、物心がつく前の赤ん坊を置いて生国のヴォラシア王国——その頃にはメルシア連合王国に併合されていたから正確にはヴォラシア公爵領であるが——に居を移し、領内の貴族と再婚した。

 亡国の王女であるエミーリエを連れて再婚出来ないと判断したのか、恭順の証としての人質として置いて行ったのか、逆に守るためだったのか、リアムには判断できないが、エミーリエはメルシア王宮に置き去りにされた。

 ヴォラシア公爵の姪にもあたる彼女はリアムの遊び相手として生活をしていたが、キシュケーレシュタイン王の遺児という立場もあり、王宮内でひどく浮いた存在だった。

 ヴィルヘルムの庶子である自分以上にメルシア王宮に馴染めない彼女に親近感とも同情ともつかない愛情を覚えて、幼馴染として彼女が王宮で居心地よく暮らせるよう心を砕いた。

 その後、父にせがんで婚約し、年の近い王族で共に王族教育を受けていたテオドールにも彼女を紹介した。その頃はテオドールも今ほど自分を見下していなくて、年の近い親戚として仲良くしていたのだ。

 そうしたら、いつの間にか彼女はテオドールと親密になって二人でリアムを軽んじるようになった。

 それで彼女は王宮に馴染み、自分はさらに孤立した。

 一つ一つは心をささくれ立たせるちょっとした嫌味であったり、嘲笑だったり、たいした事のない仲間外れだったりしたが、積み重なり、リアムの自尊心と胃壁はじわじわと侵された。

 そうやって小さく傷ついていく自分の心から目を背け、初恋だから、近い親戚だからと、彼らに対する悪感情を押し殺して付き合ってきた。

 そうして生活をするのが当たり前となって、連合各国内の異なる常識や知識をお互いに理解しすり合わせる為に作られた王立学園に入学する頃には、リアムはすっかり自信も王子としての立場も失い、感情は擦り切れていた。

 だから、エミーリエがこうやってテオドールと愛を交わしていても怒りは感じない。

 その場を見れば納得感すらあり、諦観というのが一番近い気持ちだ。

 だが、生理的には受け付けられない。

 二人とも自己中心的な論理でこちらを振り回し、自分のことを見下して、顧みずこうやって平気で裏切る。

 思い返せばずっとそうだ。

 どうせ、ばれたところでこれからは堂々と関係を持てる程度にしか思っていないだろう。

 そんな彼等が理解できない。


 気持ち悪い。


 目の前から消えてくれればいいのに。


 消えてくれればではなくて、消せば良いのか。


 ほぼ無意識に、リアムは身体を動かした。

 懐に仕込んだ拳銃の撃鉄を起こし、盛り上がる二人の前に立ち、テオドールに向かって引き金を引く。耳をつんざく音が弾けて男女の悲鳴があがった。

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