枯葉王子と星氷姫

「なんでこんなところに?」


 ソフィアに連れられて学園の裏庭に来ると、少女は植栽の切れ目を示した。


「あら、ご存じないなんて、噂以上のぼっちですのね。かなりの数の生徒はここからこっそり街に遊びに行っておりますわ。初代の生徒が壁の工事をしている業者に金を握らせて作ったとかなんとか」


 本来なら同年代の生徒達と親交を深めて関係を築いて、将来国を継いだ時に備えなくてはならない。

 だが王宮での噂や、テオドールやエミーリエに阻まれ妨害されて、遠巻きにされて、学園に入って一年経つ今でも上手く関係を築けていなかった。

 ぼっちと言われて傷つきながらも、急かされて植栽の下に潜り、煉瓦が積んであるように見える壁を退けると、休日の面倒な外出手続きはなんだったのか考え込むほどあっさりと外に出る事が出来た。


「まったく……」


「枯葉王子と呼ばれているのはご存じ? ちゃんと他の生徒と親交を深めるべきですわ」


「君に言われたくないよ。星氷姫」


 面白みも若々しさもなく地味な茶色で湿ると床にくっつくという意味合いらしい自分のあだ名よりは響きはマシだが、星の高さでお高く止まった氷の様に冷たい女とのあてこすりで使われているあだ名だ。

発信源は両方とも、おそらくテオドールである。


「さ、早く。ベッドの中で捕まえなければ、二人で出かけたこちらが浮気を疑われますから。あのクズどもはそれを狙ってきそうですし」


「どこに居るのか知っているの?」


「もちろん。汚物様は部屋を借りていて……」


「思っていても口に出すんじゃないよ。テオドールだろ」


「貴方だってそう思っているから誰のことか分かって、すぐに訂正したのでしょ。それに呼び方なんてどうでも良いと思いますけど、分かりました。暫定婚約者様はヤリ部屋を借りていて……」


「ほんっと言葉に気をつけて! 最初は部屋って言ってたんだ。部屋でいいだろ?!」


「話の腰を折るのは悪癖ですわよ。コミュニュケーションがお下手ですね」


「君の言葉遣いに問題を覚えない貴族がいる? いないだろ! でもわかった、もう突っ込まない。必要だったら最後にまとめて言うから、続けて」


「夜遊び好きのクズ共に人気の地区に、汚物はヤリ部屋を借りていて、あの売女も時々そこにしけこんでいるようなんですの。なので、そこにカチコミます」


 言いたい事を呑み込んでリアムはソフィアの道案内に従って街を歩いた。

 六年ほど前、ノイメルシュに王都を遷都した際、その郊外にメルシア王立学園は十六歳から三年制の高等基礎教育機関として新設された。

 王立大学校や各種私学も並び建ち、さらに共に王都の下町まで続く商業地区も作られて、若者で賑わうエリアになっている。

 学園に程近い貴族御用達の高級店が並ぶ一角を通り過ぎ、若者向けの店舗が立ち並ぶ通りと書店街を抜ける。

 しばらく道なりに進んで、気軽に買い物楽しめる川沿いのマーケットを足早に進んで橋を渡り、裏道に一本入ると歓楽街だ。

 歓楽街の外れに煉瓦造りの4階建ての集合住宅はあった。

 張り出し窓の白い窓枠はまだペンキの傷みもない。新しく小綺麗で瀟洒な建物だ。

 確かに彼が好みそうな雰囲気だとリアムは納得した。

 テオドールは華やかな見た目をしている。太陽の煌めきを溶かし込んだような豪奢な金髪に磨かれたエメラルドのように深い翠の瞳。

 当然、色味だけではない。

 それに相応しい顔立ちで、涼しげに切れたアーモンドアイに薄く整った口元、威圧感を与えない程度の長身でスラリと細い。

 その姿に、メルシアの至宝と呼ばれていた亡き王子、父の兄であったエリアスの再来という者もいるほどだ。

 そんな自分の整った容姿を自覚している彼は、美麗で華やかな雰囲気にふさわしい造形の物を好む。

 立地的に少々ガラが悪い気はするが、利便性のいい刺激的な場所にしゃれた部屋を借りて学校に秘密のプライベートを楽しむというのは非常に彼っぽい。

 テオは自分と違って、剣の腕が立つから治安が良くないという事すらプラス要素なのだろう。


「というわけで、ここの最上階が汚部屋ですわ」


「それはなんだか意味が違うな?」


 ソフィアの説明にげっそりと首を傾げながらリアムは足音を忍ばせ、集合住宅の板張りの階段を昇りきった。

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