え? 謹慎してたの、僕だけ??

 「目ェ、覚めましたか?」


 ほんのりと香る消毒液の匂い、部屋のベッドとは違う硬く狭い寝台、カーテンで区切られたスペース。

 自分はどうやら保健室にかつぎこまれたらしい。

 そしてベッドの横に置かれたスツールに腰掛けて短剣の手入れをしていた手を止めて、リアムの顔を覗き込んでくる赤毛の男。

 彼は表向きはこの学園の剣術の師範、その実、護衛兼保護者としてリアムの親に雇われている傭兵で、名前をライモンドという。


「……ライ。あの後どうなった?」


 男は強面の目元をほんの少し和らげると、サイドテーブルに置かれた瓶からドロリとした薬をカップに注いで突き出した。


「おはよーす。これ、飲んでくださいね。あの後はすぐ撤収しましたよ。子供の喧嘩には不介入が原則とは言え、話が話ですし、どこで介入するか元々機会を伺ってたんです。んで、殿下がお倒れになったとなりゃあ、ベストタイミングってもんでね。殿下は療養という名目の謹慎、他の三人も謹慎。期限は大人達の間で話がつくまで。俺は校長に言われて、あんたが目を覚ますのを見張ってたって訳です」


 これも罰の一環では? と疑いたくなるほど苦い薬湯をリアムはちびちびと啜っていたが、ライモンドの言に、薬を気管に入れて咽せて咳き込んだ。

 察したように水を差し出すライモンドからそれを受け取って喉を清めると、リアムは一番聞きたかった事を尋ねる。


「謹慎? 僕も?!」


「当然、もに決まってるでしょ? 連合王国の後継があの程度の痴話喧嘩、上手いこと収められなくてどうするんですか。この大きな国を背負って立つんですよ」


「僕に……それをなす資格なんてないさ」


 じんわりとした劣等感と共に卑屈な言葉がまろび出た。


「ひ弱で武術のセンスはありませんけど、努力家ではありますし、お勉強はよくお出来になるじゃないですか。それこそお若い時の陛下よりも出来がいいって聞きましたよ。平和なご時世ならその方が大事です。もっと自信を持ってどんっと構えてりゃあいいんです。それとも庶子なのを気にしてらっしゃる? そっちだって陛下が正式に認められているんだ。気にする事じゃない」


「いや、その……ほら……。現にテオは僕を認めてないわけだし」


 母と同じ赤毛を前に、あいまいに頷いて咄嗟に誤魔化す。

 励ましてくれる彼に、もう一つの疑念は言えなかった。

 彼は母の親族だから、彼に言ったら母に伝わってしまうかもしれない。

 心無い言葉は自分より長く母も耳にしていると思うが、息子の自分がそれを疑っているのを出してはいけない事ぐらい分かっている。


「さて、俺は校長に報告してきますから。薬湯は全部飲んでくださいね。いたんだ胃にとびきり効くやつになってますんで」


 立ち上がるなり、ニンマリ笑ってしっかりと釘を刺してきたライモンドに、ぐぅと呻きながらもリアムは再び苦い薬湯に口をつけた。


 

療養十日目め。

ようやく胃の調子が改善してきたリアムの元にソフィアがやってきた。

 ライモンドは一年生の授業があり自分から離れている。

 校内は、個人で雇った従僕や侍女を連れ歩くことは出来ない。

 これは使用人を置くためのキャパシティの都合と平等を謳う名目から定められた規則で、身の回りのことを自分で出来るように、また将来使用人に感謝をもてるように、と定められた物だ。

 王子や高位の貴族であるが故に建前を守らないといけない。

 護衛のライモンドも本来は付けられないから、教師として潜り込ませているのだ。

 寮付きの従僕や侍女に金銭を払って付き添ってもらうか一人で来るかだが、彼女は一人でやってきたようだ。

 部屋から出るなと釘を刺されていたが、来客を迎えてはならないと言われてはいないから、彼女を部屋に招き入れ、密室でないと証明するため扉を少し開けておく。


「お加減はいかが?」


 先日のパーティの時は華やかなドレスを着ていたが、今日は長い髪を団子にまとめてひっつめ、家庭教師が着ているような質素な濃紺のワンピースを身につけて、ずいぶん地味な印象だ。

 この間よりもずいぶん穏やかな声音で尋ねられ、リアムは口元にいつも練習している微笑を刷いた。


「おかげさまで。醜態を晒してしまい、恥ずかしい限りです。ベルニカ公爵令嬢は謹慎を解かれたのですか? 婚約についての話し合いは決着されましたか?」


 来客用のソファーにソフィアを案内して、飲むつもりで用意してあったハーブティーを出した。

 コーヒー党なのだが、ライモンドに胃に悪いからと没収されてしまって、これしかない。


「わたくし、謹慎しなくてはならない事などしておりませんわ?」


 処分すら受けていないかのような事を言っているが、ライモンドからは、全員大人の間で落とし所が決まるまで期限を切らずに謹慎処分を受けていると聞いている。

 彼が自分に嘘をつくことは……おおいにあるが、処分に対して嘘をつく必要はない。

 これは言葉の裏で、自分は悪いことをしていないのになぜ謹慎する必要がある? と言っているとリアムは理解した。


「学校からの正式な処分でしょう? 卒業パーティーで騒ぎを起こし、場を乱した事は事実ですし。ですので、僕もこうやって療養に甘んじています」


 ちゃんと謹慎しろと遠回しに告げると、少女は唇をへの字に曲げた。


「あら、でも真面目に謹慎しているのは殿下だけですわ。謹慎は通告されましたけど、監視も最初の5日程度で今やたいしてついていませんし、殿下はあの場で倒れたため療養と言われていますし。有名無実ですもの」


「え……」


 そんな話は聞いていない。

 この学校が出来て数年。こんな問題起こるのは初めてにしても、いや初めてだからこそ、心配になるほど杜撰な対応だ。

 ほぼ関係もなく巻き込まれた自分だけが、療養の側面があったとはいえ、見張りライモンド付きで謹慎させられていたというのか。

 そのおかげで図書館にも行けていない。感情を見せないための笑みは知らず崩れて、リアムの顔は苦く歪んだ。


「それは、テオドール達も出歩いているという事でしょうか?」


「というわけで、出かけますわよ」


 言葉尻に込めたこちらの感傷など気づいた様子もなく、ぐいっと令嬢らしからぬ豪快さでハーブティーを煽った少女が立ち上がり、リアムの腕を引っ張った。

 聞かれた問いにも答えてもらえず、困惑したままリアムはソフィアの顔を見上げた。


「え? どこに? というわけってどういうわけ?」


 丁寧な口調で話すのも馬鹿馬鹿しくなって、リアムは言葉を崩した。それに気を悪くした様子もなくソフィアは続ける。


「あの盛った犬達のところですわ」


「は??? 全然話が見えないんだけど」


「貴方一人、間抜け面を晒して謹慎しているのをいい事に、あの二人は上手い事、見張りを懐柔して部屋にいるふりをしてこっそり抜け出してちちくりあっていますわ。ほんとに穢らわしいこと」


「ちちくり?!?」


 ガラの悪い方の人間しか使わないような明け透けな言葉がいかにも上流階級といった見た目の少女から飛び出て、リアムは目を白黒させた。

 内容もかなりな物だが、使う言葉の威力に翻弄されてしまう。


「なんでそれを?」


動揺を見せないように言葉少なに尋ねると、腰に手を当てた少女は膨れっ面で捲し立てた。


「邪魔者二人が謹慎して、学園の監視を掻い潜って部屋を抜け出せたなら、やる事は一つでしょう。私、前からあの二人の関係を怪しんでおりまして、ある程度調査を進めてましたのに、この騒動で先手をうたれたのです。両親は領地にいて対応できないどころか騒動自体をまだ知りませんし、代理人同士では性格の不一致による破棄、若干わたくしの有責で押し切られそうなんですの。そんな事、許しませんわ。ですのであの二人がヤってる所に乗り込んで決定的な証拠を掴んで相手の有責で婚約破棄をしたいのです」


テオドールとエミーリエの二人がすでにそういう関係にあるとは信じられなかった。確かに友達にして親しいとは思っていたが幼馴染同士の親しさだと思っていた。だが、そう言われてみれば疑わしい事も多い。

 彼女の言っている事が正しいのか確かめたい気持ちが湧き上がったが、リアムはそれを抑えて首を振った。

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