NTR王子は悪役令嬢と返り咲く

オリーゼ

巻き込まれた婚約破棄騒動

「ソフィア・ベルグラード! お前のような性悪女の薄汚い血を王家の血統に混ぜるわけにはいかない! 婚約破棄を申し渡す!」


 王立学園の卒業パーティーでそう言い放ち、婚約者を突き飛ばしたキュステ公爵令息テオドールの暴挙にリアムは目を剥いた。

 恋愛小説ではありきたりな場面だが、現実でやる馬鹿はほとんどいない。それが身内から出てしまった。

 ソフィアはメルシア連合王国の五つの公爵家の一つ、ノーザンバラとの国境を護るベルニカ公爵の息女だ。

 それを突き飛ばし、一方的に婚約破棄を告げ、あまつさえ連合王国に併合される前は王族であった彼女に向かって『薄汚い血』と吐き捨てた。

 公爵家の子息といえども、いや、だからこそ、子供の失言では済まないかもしれない。

 このメルシア連合王国は、大陸西部小国郡をリアムの父でもあるメルシア王国の国王ヴィルヘルムが併合して出来た。

 ヴィルヘルムの叔父大叔父であるキュステ公を除いた四つの公爵家は元独立国の王族であり、小国郡にとっての脅威であったノーザンバラ帝国への対抗や大陸の安定の為に手を結んだに等しい関係だ。

 特にベルニカ公爵であるベルグラード家はノーザンバラ帝国と領地を接しているため、現在、王家とほぼ変わらぬ財力と武力を所有している。

 メルシア王の血縁として叙爵されたキュステ公爵家とは同じ公爵でも質が違う。

 そう名乗らなくなっただけで、実質的には王と変わらない。建国史をちゃんと学んでいるならば本人を悪様に罵った上に血統まで侮蔑する発言など出来ないはずなのだが、彼はそれをやってのけた。


「テオ、なにをやらかしたのか……わか……」


 口を挟もうとしたが、テオドールに睨みつけられて、リアムは押し黙った。

 自分は王子。彼は従叔父とはいえ、同い年の公爵令息に過ぎない……のだが、幼い時からの関係で彼に強く出られない。


「お前だって婚約破棄に賛成しただろ? 僕の大切な友人で、お前の婚約者でもあるエミーリエに差別的な眼を向け、貶め、虐げるこの女を庇うか!」


「別に賛成したわけじゃ……な、納得のいかない婚約なら大叔父上やベルニカ公と話し合って、解消を目指すのはありだと言っただ……け」


 いまだ学生であるリアム達はまだ親の保護下に置かれている。

 さらに王侯貴族の婚約は家同士の繋がりを作る為の政略で、婚約にも婚約解消にも家長同士の話し合いが必要な場合がほとんどである。

 そして例に漏れず、彼らの婚約もそうやって整ったものだ。

 ただ政略と言っても相性はある。相入れないなら解消するのもありなのではと、前に尋ねられた時にそう言った。

 小さい声で言うと高圧的にテオドールは被せてきた。


「それは賛成したってことだよな? ありって言ってるもんな」


「ちが……! そ……その……あっ、あっ! それに、こんなところでやる話じゃない! 今日は卒業パーティーなんだぞ! 先輩方の卒業を寿ぐ日でこんな揉め事を起こす日じゃない」


 そういうつもりじゃない、強く言おうとしてもテオドールの圧に負けてしどろもどろになってしまう。


「なにを言っているんだ? だからこそだよ。分からないなんて、お前の愚鈍さは相変わらずだ。このパーティは生徒会主催でうるさい年寄り共もいない。だから衆人環視の元でこの邪悪な女を断罪するチャンスってわけ」


『愚鈍なのはそっちだ。それ以上口を開くな』と、叫び返したいのをこらえて、つとめて冷静に聞こえるように口を開く。


「皆に報告したいなら、大人を含めて話し合いを持って、その結果を伝えれば……。そ、その、ソフィアからエミーリエに謝罪文でも書いてもらうとか……」


 瞬間、テオドールの嘲けりの視線と眉間に皺を寄せた少女のきつい視線がリアムに再び突き刺さった。

 元々、プラチナブロンドにルビー色の瞳の珍しい色味を持つ、冷たく取り澄ました印象の顔立ちの少女だ。苛立ちも露わに睨まれれば肝もすくむ。


「わたくし、その雌犬に謝罪しなければならない事など、何一つしておりませんわ」


「それが暴言っていうんだよ! あ、いや……その言葉使いは……いかがなもの……かな……」


 赤い瞳の苛烈な視線に気圧されて、しおしおと声が小さくなる。


「ひどいわ!! 私がキシュケーレシュタイン王家の出身だからそんな風に犬って呼ぶのよ……ほんとうにひどい……」


 ソフィアの眼力に縮こまったリアムの言葉に被せるように、わっとわざとらしく泣き声をあげたエミーリエが床に膝をついた。

 遠巻きにこちらを眺めていた生徒たちの輪が段々と縮まり、こちらを伺っているのが分かる。

 リアムは無意識に胃の辺りを抑えた。もうこれをどうやって収拾していいか見当もつかない。

 そっと離脱して、他の生徒達に混じるのはどうだろう。

 幸い黒髪金眼のエミーリエ、金髪翠眼のテオドール、銀髪紅眼のソフィアのド派手な三人に比べたら地味も地味、特別地味な茶色の目と茶色の髪で、壁際に下がったら背景に紛れるのではないか。


「出自なんて関係ない。人の婚約者にまとわりつく輩を雌犬と評しただけよ。正確でしょう? ああ、でも、気に入らないのなら小蝿でも構わなくてよ」


 令嬢らしからぬ罵倒を刺々しく言い放ったソフィアの言葉にポロポロと涙をこぼしたエミーリエは指を丸めた両指の付け根で目元をおさえて隠しながらも、しっかりとこちらを視線で追っている。

 そっと逃げようとしたのに、これは逃げきれない。


「冷静に話し合いをしよう。ここは人目もあるし、休憩室に行かないか?」


 一縷の望みをかけて言ったが、エミーリエはさらに激しく泣き出した。


「リアム、は……私が酷いこと言われたのに……ただ、この場をうやむやにするために皆からほんとの事を隠そうと……するのね。ひょっとして貴方もそう、思ってる……の?」


「違う! プライベートな話し合いだろう? 最初からこんなところでやる話じゃ……」


「リアム、お前最低だな! 仮にも婚約者ともあろう男がか弱き彼女を護ろうともせず、女狐に味方するとは。さてはお前達二人、陰で不義を働いてるんだろう」


「え?! なんでそんな話に?!」


「ひどい!! ひどいわ! リアム!」


 喚き立てる二人に迫力負けしてリアムは押し黙った。

 小さい頃からそうだ。

 テオドールの、しばらく経ってからはこの二人の理不尽な言動に萎縮して何も言えなくなってしまう。

 その時、銀髪の少女がリアムの前に出た。凛と伸びた背筋は一歩も引かないと訴えているかのようだ。


「幻覚の見える食べ物でも拾い食いしたの? 妄想を喚き散らして盛り上がれる才能はなかなか稀有ですわね。ああ、ごめんなさい。拾い食いするのは犬の本能ですもの。抑えようがないわね。でも悪食のしすぎでお腹を壊さない様に気をつけた方がいいわ。見た目だけはマシな汚物とか食べているでしょう? テオドール様も自分がそうだからと言って、わたくしに当てはめるのをやめていただけるかしら? 第一、不義を働くにしても選ぶ権利はありますわ。わたくし、か弱い野花ちゃんは好みじゃないので」


 高慢だが物静かな印象のあったソフィアは立板に水……いや、毒液でもぶっかけるかのように、三人全員を罵ってきた。


「野花……選ぶ価値がない雑草……ってこと?」


 突然の罵倒からの、自分への低評価に困惑しているばかりだったリアムと違い、テオドールは頬を怒りに染めてソフィアを怒鳴りつけた。

いいかげんにしろ! その侮辱だけでお前達の罪の証に充分だ!」


「いや、待って……お前達って、もしかして僕も? どうしてそうな……」


「うるさい! リアムの分際で口を挟むな!」


 煽るソフィアに泣き喚くエミーリエに喚き散らすテオドール。

 冷静に話し合いたいのに聞く耳を持ってくれない。

 周りの目が痛い。

 なぜ、自分が責められる流れになっているのか。

 理不尽さに喉が詰まり、手が震えて鳩尾がぎりぎりと痛む。

 ヒソヒソと何か囁き合う野次馬に悪様に言われているような気がしてくる。

 無視を決め込み、好きなようにやらせれば良かったのか。自分が正しい自信が持てない。

 ぐらり、と身体が傾ぎ、まずいと思った瞬間にリアムの意識は闇に閉ざされた。

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