第4話 旅立ちの決意

 どうやら俺が皆を救う勇者に任命されたようだ。仁は少し考えたあと、やはりあまりこの世界に関わりたくないと決断した。


「いや、申し訳ないですが私は行きません。さすがに無理です。先ほども今まで感じた事のない恐怖を覚え震えていました。私には無理です。」




 その言葉に納得する者や、代わりに俺が行くという輩も出てくる。残念そうにする従業員もチラホラ見えた。しかし仁はそんなことは気にせずに慈愛を見つめていた。


「そうか、可能性は低くなるが残りの一人で旅立つしかないようじゃな」


「もう一人?」




 そう、仁は寝ていた為、自分が選ばれた二人目だと気づかなかった。もう一人が誰だか仁はここで初めて知らされて驚愕する。あの真那であった。


 真那は仁より十数人前にいた。真那は仁の方へ体を向けていたが顔を見ようとはせずにうつ向いていた。




「じゃあ、一人目の女、オヌシ一人で良いな?」


 真那が行くわけない、仁は先ほどの地震やプテラノドンの件で真那が動けずに怯えていたのを見ている。そんな真那が行くはずないだろう。そう思っていた。




 真那は立ち上がり慈愛の方を見た。


「はい、大丈夫です。私一人で行きます」


「!?」


 周りは「おぉ!」と声を上げてパチパチと拍手する者も現れる。




 仁は驚いて真那の方に人をかき分けるようにして近づく。真那は仁が近づいても顔をわざと背けて見ようとはしなかった。


 真那にとっても重大な決心だっただろう。それを知らずに仁は安易に断ってしまう形となった。寝ていたとはいえ、真那を傷つけてしまったかもしれないことに後悔した。




「ちょっと待ってくれ!」


 仁は叫んで一連のやり取りを静止させる。頭の中を急いで整理した。仁は過去に真那のことで"自身の心に誓っていた"ことがあったのだ。


「慈愛、わかった。元の世界に戻る方法を探しに行こう。ただし条件がある」


 条件?何を今更と思う人もいた。食い気味に話してきた仁に慈愛はそうは思わなかったが一応聞き返した。


「条件とはなんじゃ?」


「行くのは俺一人だ。真那さんは置いていく」


 その言葉に真那は仁の顔をようやく見た。仁は話を続ける。


「女性が一人で旅立つよりも、まだ男性一人の方が確率が高いだろう・・・」


 どちらかと言えばそうかもしれない。慈愛はしばし黙って二人を見ていた。他の従業員も怪訝そうな顔をしていた。




 沈黙の後、真那は唐突に仁の手を取り引っ張るようにして後方の扉に向かう。


「皆さん、すみません!そのまま少し待っていてください!」




 二人は大会議室の扉を抜け階段の踊り場まで移動した。


 周りに誰もいないことを確認して真那は話し始めた。


「須沖課長!」


「え?はい、何?」


 仁は積極的な行動に出た真那に少し驚いていた。


「仁!」


 今度は下の名前で強く、嚙み締めるかのように呼んだ。仁が先ほど窓から飛び出した時と同じように。真那は薄っすらと涙を浮かべ始めた。仁は真那がそう呼ぶのを少し懐かしく感じていた。




 二人は数年前、下の名前で呼び合う仲であった。と言っても付き合っていたとか、大人の関係があったわけではない。よく仕事の相談で食事に行くことが多くなり、プライベートな時間を真那と過ごすことが多くなった。仁も真那も二人でいることがとても心地よかった。しかし、仁は当時結婚しており、妻には疑いを掛けられた事もあった。身の潔白は証明できたが確かに気持ちが家庭ではなく、若い部下に行っていたことは事実だったかもしれない。




 その後、妻とは上手くいかずに多額の慰謝料を払い離婚した。もちろん原因の全てが真那ではないし、別れたからと言って若い部下とやり直そうなど仁は思わなかった。真那もなんとなくだが仁の心を読み取り、自然と距離を置いて親しくなる前の、普通の上司と部下の間柄に戻っていたのであった。




 しかし仁は真那に罪悪感を感じていた。何もなかったとはいえ、こんなおっさんのお家騒動に巻き込まれそうになって人生が狂ってしまう可能性だってあった。仁は贖罪ではないが真那だけは何があっても全力で守ってやろうと自身に誓いを立てていた。




 真那の言いたいことはわかっていた。しかし、真那は仁にそれが私のことを何もわかっていないと攻め立てた。


 守るだけでない、彼女の意思を尊重して力になることも大切だと、仁は根負けしたように承諾した。




「わかった、わかった。一緒に行こう。しかし本当にこの世界は未知数だ。本当に大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。部下一途な課長が守ってくださるんでしょ」


 真那は先ほどの涙ぐんだ顔とは裏腹に、いつもの優しい笑顔を見せて冗談っぽく言った。




 先程まで泣きそうな顔で仁を必死に説得していた顔とは違い、急に表れた真那の笑顔に仁は一瞬戸惑った。こっちもいろいろと未知数だなと感じた仁であった。


 仁は呆気にとられながら真那と一緒に皆の待っている大会議室へと向かった。

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