第3話 2/298の素質(スキル)持ち

 工場や本社棟、物流センターの敷地ごと見知らぬ世界に来てしまった従業員は社長や役員等のお偉いさんを含め総勢298名だった。


 本社棟には、幾つもの会議室が設けられていた。その中でも最大の広さをもつ会議室と次に大きな会議室は、隣り合わせに配置されていた。壁は移動可能で、両会議室を一つにつなげることができる仕組みだった。広さにはやや窮屈さがあるが、テーブルと椅子を片付けることで、なんとか298人全員が座っても収容可能な空間が確保できた。




 慈愛は堂々とした態度で全員の前に立ち、語り始めた。


 ここは元々住んでいた世界とは異なる世界、いわゆる異世界だが[デルカニア]という地名らしい。同じ地球であり空も太陽もあるが次元が異なる地下世界だという事だ。ずっと空を目指し上昇し続けると、元々いた世界の地面の裏側にぶち当たるという。これに関しては慈愛も聞いた話で定かではないがそう伝承されていると言う。その為、地上世界から転移したヒトは<落ち人>と呼ばれる由縁だそうだ。




<落ち人>はここ数十年の間に増加し、年に2、3人が現れる。その都度、保護をして元の世界に帰すと。帰す際には記憶は自動的に消去される。しかし奥底に染み付いた体験は感覚として残り続けるという。「そういう輩が何らかのインスピレーションを感じて小説や漫画にしてるかもしれん」とも慈愛は話した。




 漫画や小説が異世界にあるのかと皆は思ったが、所々慈愛の話には元の世界の話が出てきた。これまでの<落ち人>から色々と情報を仕入れているのだろうと納得していた。仁は元の世界へ帰る方法が無いわけではないと少し安心したとたん、先ほどまで張りつめていた緊張がほぐれてウトウトと会議室の壁に寄りかかりながら眠ってしまった。




 慈愛の話は続く。




 デルカニアはちょうど日本の真下に位置している。その為、言語は日本語で普通に通じるし、場所によっては英語や中国語にもなる。月日や時間の概念も同じ。しかし文明は大きく異なる。化学は発展していないがこのデルカニアには魔法がある。全ての人間が万能に使えるわけではないが、それらを動力源としたマジックアイテムもある。




「ここからが本題じゃ!」




 慈愛は大きな声を出して注目を集める。<落ち人>を発見した場合は[テレッド]という真っ赤な鉱石を使用して元の世界に帰す。一人を帰還させるのにコブシ大の[テレッド]を使用する。帰還させる際には地下世界の物を身に着けていてはならない。身に着けていると記憶が消えない。この鉱石が人数分の298個あれば良いのかというとそうではない。今までは<落ち人>が単体で来たからそのままの状態で帰還させられたが、今回は建物ごと敷地全体で転移してきている。その状態を維持したまま帰還させる必要がある。"ここに来た状態と同じ条件でないと帰還できずに消滅してしまう恐れがある。


「しかし、異世界にこれだけの規模で転移して来たということは、帰る方法もあるはずじゃ。」




 聞いていた従業員は落胆した顔を慈愛に向けた。すぐに帰れるわけではなかった。慈愛のせいではないことはわかっている。彼女は明らかに味方であった。この本社棟に集まる際にも慈愛はこの敷地全体を大きく結界を張ったと言っていた。結界の中は外からは見えず、邪悪な物の侵入をも防ぐらしい。それを聞いて工場から外に出た仁や真那、他の多くの従業員は"邪悪な者"という言葉について敏感に反応したが言及はしなかった。これ以上あまりこの世界に関わりたくなかったからだ。




「帰る方法はどれくらいで見つかりますでしょうか?」


 この会社の3代目である羽曽部社長が慈愛に聞いた。社長や役員のお偉いさん達は前列に陣取っている。


「知らん!あるかもわからんし、ないかもしれん。ワシはここから動けんし、帰る方法を探すのはオヌシらじゃぞ!」




 その言葉に一気に全員がざわつき始めた。驚いた顔、困った顔をしている者、またはこの異世界を旅することになるのかと期待をしている者、様々な思惑があった。




 慈愛はこの敷地全体に結界を張っている。もし離れるようなことがあれば結界は消えてしまう。それは危険だと話す。先ほど聞いた邪悪な者が関係しているのだろうか。


「手助けはしてやるが無償じゃないぞ!先ほど騒ぎを起こしたプテラノドンが今まで食べた事のないような美味しい物を口に入れられたと言っておった。この敷地には美味しい食料が豊富にあるようじゃ。結界を張っている間は朝・昼・晩と食事を供えよ」




 確かに工場だけでなく、物流センターにも多くの食料品が保管されていた。その為、298名分の食料も十分に数ヵ月分はあった。


「おまけとして水は必要じゃろうから毎日プテラノドンに運ばせるとしよう」


 ギブアンドテイクということか。取り合えず食料が尽きるまでは保護をしてもらえるようだ。こちらとしてはとてもありがたい申し出であったが、それでも食料はいずれ尽きてしまう。それまでに帰る方法を見つけなければならない。




「この中から誰かが、その方法を探しに出発しなければならないと言うことですか・・・さて何人ほどが必要か」


 羽曽部社長は側近の者や後ろの従業員を見渡した。しかし慈愛はその行動を言葉で遮る。


「誰でも良いというわけではない。素質持ちが旅立たなければ無理じゃ」


 素質とはいわゆる元の世界では[スキル]と一般的に呼ばれているもので、この世界の住人は生まれたばかりで素質1、その後は成人するまでに素質3ぐらいまで上がるのが平均値らしい。


「オヌシら上の世界にも稀におるじゃろ?オリンピック選手や芸術家などがそうじゃ」


 慈愛はオリンピックなど異世界にあるわけない言葉をまた使う。今までの出会った<落ち人>から情報をどれだけ仕入れているのだろう。




「まぁここじゃ魔法とかが一般的じゃがの~」


 指先に炎を出現させてヒラヒラと手を動かす。


 皆は手品のような光景に驚きの表情を見せたが、慈愛は[素質]の話を続ける。スキルは誰にでもある。このデルカニアに限っての話だが。しかし地上の世界、元々暮らしていた世界ではスキル持ちは基本いないと話した。文明などの進化の違いかもしれない。まれにスキルを持って活躍しているのが一部のオリンピックなどで活躍しているスポーツ選手とかであろうと。しかしその中でもほんの一握りに限られると。




「スキルは10段階、と言っても現段階でこのデルカニアではスキル7が最高で6名しかおらん。ちなみにその6名がこの世界の各地域を統治する六賢者であり、わしもその一人じゃ。そして先ほどから全員を魔法で探らせてもらったが奇跡的にスキル持ちが2名おる。」




 298名いてわずか2名、それでも奇跡的だと言う。慈愛はその2名に向けて指をさした。かなり窮屈な会議室で総勢298名、指を出した方向の数十人が俺か私かと自分の顔に指をさすが、そのたびに慈愛はどけと手を横に振る。


 そして一人目が判明し、二人目は仁であった。




 ―――ここで仁が目覚めたときに時間は戻る―――


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