第8話 なじみ飢え、歌い手逮捕、俺モテ期
それからは姫子が話しかけてこなくなり、平和な日常が返ってきた。
姫子と距離を取ってから変わったのは草鹿さんがよく話しかけてくるようになったり、朝倉を含めた3人でぶらぶらでかけたりカラオケにいったり休日に3人で映画をみたりショッピングに出かけたりすることが増えて、そう言った意味ではリア充というやつなのかもしれない。タテとヨコともDTMの技術談義や、ドローンについて教えてもらったりと仲良くしているよ。
他にも、事情を知らない友達やクラスの連中から浦桐さんとどうなった?と聞かれたので色々あって別れたことを言うと、皆不思議そうな顔をしていたが、本当に色々あったんだよ……と疲れた様子を見せると深くは聞いてこなかった。
しばらくして俺が出した被害届の捜査がついに及んだらしく、鉢山紫苑あらため岩井まさお(31)が逮捕される姿がTVに映ったりネットニュースで公開されるようになった。というか、まさおそんな歳だったのか……。30過ぎてあの体たらくなのかよぉ。自宅の前で警官に囲まれているが、必死に抵抗するまさお。
「大人しくしろ」
「おい逃げるな」
と警官が声を上げている中で、警官から逃げるように丸く太い玄関柱に抱き着き号泣している。上下スウェット姿に顔を涙と鼻水でグシャグシャにしてみるも無残なブサイク面になりセミか何かの如く柱にしがみついて離れないその姿には、今をときめく歌い手様だった面影はもうない。警官達がひっぱり連行しようとするが、わんわん泣いてそれを拒絶している。
「こら離れろ!そんな事をしても駄目だ、諦めて―――」
「黙らんか公務員!!俺はしおたんだってんだよ!!」
警官に声をあげられ、泣き崩れつつ威嚇するように絶叫する自称しおたん(まさお)の剣幕に警官達が怯んだ瞬間、柱に抱き着いたままシャコシャコと柱を昇りはじめるまさお。
「俺は…俺は……この世界を……変革(か)えたいッ!!」
叫びながらの動きに、しおたんが逃げようとしているのを理解した警官が、咄嗟にまさおのズボンの後ろを掴むが、まさおはひるまずに柱を昇り結果としてズボンがぐぐっと伸ばされてまさおの尻が露わになる。こいつスウェットの下はノーパン健康法かよ?!そのまま足をバタつかせスウェットをパージして柱を昇るまさお。勿論下半身はフルオープンアタックだ。下半身丸出しで柱によじ登ってまさおはどうやって世界を変革えるつもりなんだろう、おしえてくれ、ごひ。
しかし警官達も躊躇なく飛び上がり、もしくは柱をよじ登りまさおをひきずり落とし、抑え込んでいく。
「いやだァァァァァッ!俺は、しおたんなんだぁぁぁっ!!こんなところで終わるはずじゃないぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
あまりの醜態っぷりに俺の腹筋が限界を越えている。これは大爆笑ですよグラララララ……笑い方ってどんなんだっけな、難しいなぁ。
流石にお茶の間では下半身の装甲解除以降はカットされていたが、それでも酷い。
当然SNSでも三度降臨するクソコラ素材に大盛り上がりで、今年のネット流行語大賞にはしおたん関係の言葉が入る事は間違いないだろう。しおたんは何度でも甦るさ!今となっては輝かしいイケメン歌い手(笑)ではなく、存在自体がクソコラみたいな奴だからね。
まさお自体は救いようがないクズだと思うし普通に犯罪者だけれども、台詞のセンスと爆速でコラ素材を提供する才能は凄いと思う。
恐らくまさおにはまさおなりの思考回路があるんだろうけど、常人には理解しがたいので結果としてクソコラ素材まっしぐらなんだろうなぁ、これ。
俺のドローン事故にはじまったけどこんなやつが31歳になるまで世の中で活動してたとかどうなのとか思っちゃうよねー。
それからある日、草鹿さんに頼まれて参考書を買いに行くのに付き合っていると姫子を見た。随分と雰囲気が変わったな、と思ったが肌が荒れて毛もバサバサとしていて、髪もなんだかボサボサしている。
どこが、という訳ではないが全体的に不健康になっているようだった。大量のインスタント食品をいれたビニール袋をもって歩いてくるのが姫子だとは、最初は気づかなかった。
「あっ?!たっくん……」
哀しそうに俺を視ているが、どうか俺は路傍の石とでも思って気にせず通り過ぎていってほしかった。
「わたし、あの、その……これ、ご飯で…」
何が言いたいんだ?あぁ、うちに食事にこれなくなったから週の半分はインスタント食品なのか、そうか。
「そうか。それじゃ気を付けて帰れよ」
何の感慨もなく一応世間話程度にそれだけ言って通り過ぎようとしたが、何を勘違いしたのか話を続けようとする姫子。
「あの、わたし、バカだった!本当に大切なものが何なのか、全然わかってなくて――――」
「いこっ、たっくん♡」
姫子の言葉を遮るようにぐい、と俺の腕に抱き着きひっぱるのは、隣にいた草鹿さんだった。おぉっ?!と驚き反応に困るが、ウインクで語ってくる。ふむ、話を合わせろという事か。……草鹿さんとは何だか昔からの友達みたいに、妙に話が通じるんだよなぁ。なんでだろう、わからん。こんなかわいい女の子と知り合った事は無かったと思うんだけどなぁ。どっかであった事あったっけ?
「ごめんね、浦桐さん。あと、インスタント食品は便利だが栄養が偏るよ。駅前スーパーで半額弁当狙うのもオススメだよー」
そう言って俺の肩に頭を寄せながら姫子の隣を通り過ぎようと動く草鹿さん。その動きに自然に合わせつつ通り過ぎようとすると、姫子が声を上げた。
「待って?!な、ななんで、草鹿さんが、たっくんと一緒にいるの、よ!?」
そんな姫子の言葉に、待ってましたとばかりにほほ笑む草鹿さん。その笑顔は草鹿さんを視界に入れていた道行く誰もが目を奪われてくような、一番星の生まれ変わりのような最高の微笑み。
元々クラスで3番目位に可愛い、なんて揶揄されているがそもそも順番なんて人の好みそれぞれで有ってないようなもの、この草鹿雅美(くさかみやび)は文句なしの美少女なのだ。それがいまどういう事か、自分が持つ魅力を最大限に引き出した笑顔を、姫子に向けていた。
――――それは恋する乙女のように。
「だって私、巧くんと付き合ってるし♪」
そんな草鹿さんの言葉に愕然とする姫子。それは自分では敵わない“本物の美少女”に対する敗北感か、劣等感か。
「う、うそ、嘘よ!」
「そう思うならそう思ってれば?ね、いこっ、たっくん♡」
姫子の言葉を聞き流すようにして適当に応え、俺を引っ張っていく草鹿さん。背後で姫子が袋を取り落とし、崩れ落ちる音が聞こえたが、俺は振り返らなかった。
「―――ただ幼馴染だからって隣にいて愛された子に、もう返してなんてやらないんだから」
俺を見上げつつ優しい笑顔を浮かべる草鹿さんの目にはハイライトを感じられなくてちょっとびくっと驚かされた。なんともいえないどろりとした情念というかなんかちょっと重いものを感じる。
「……あんな浮気ビッチなんかより、ずっと想ってくれる子の方がいいよね、たっくん?」
「お、おぉ…?」
よくわからんがこれはこれはモテ期、なんだろうか…?
ぎゅうっ、と一層力強く抱きしめられる力を腕に感じながら、俺は草鹿さんと道を歩いていくのであった。
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