第7話 V活終了〜泣き叫んでももう遅い

「―――“蝶野アシェル”のイラストの使用も辞めてもらうわ」


「なん……なっ?!なんでですか!?」


 母さんの言葉に姫子が愕然としている。


「蝶野アシェルのイラストは私がデザインしたものよ。著作権の譲渡はしていないし、あくまで巧に利用を許諾しているだけ。浦桐さんにあげたわけじゃないわ。あなたは巧経由で使っていただけね」


「えっ?!」


 母さんの言葉に俺を視る姫子。そういえばアシェルのガワを書いてもらった後にいくつか書類にサインしたけどそれか。母さんはプロだから家族であってもこういった著作権に関わる事は書類や手続きをきちんとするようにしていると言っていたっけ。


「“蝶野アシェル”をはじめる時に、巧と、浦桐さんにもサインしてもらった書類がそれよ。貴女も納得してサインしてもらってたわよね?」


「あっ!あの時の!?」


 姫子も思い当ったのか、驚いたように声を上げた。


「そんなの、そんなの、……到底許されることではないと思う!!」


「許す許さないの問題じゃないわ。そう手続きを踏んでいるもの、浦桐さんが何と言っても通らないわ」


 焦っているのか日本語ちょっとおかしくなってる姫子に、母さんが淡々と返している。場数の差が違うなぁ~。母さんかっこいいタル~!


「たっくんはそれでいいの?!私と二人三脚でやってきたアシェルを取り上げちゃっても?!」


「二人三脚っていうか配信周りや編集も投稿も、なんなら歌ってみたのアレンジの打ち込みや編曲やってたのも全部俺じゃん。それに俺、もうお前と個人V活動やる気ねえし」


 そう言うと、信じられないという表情をする姫子。なにをどうやったら俺がお前と仲良く個人V活動続けるという思考回路になるんだ?というかお前への愛情が消え失せた今、アシェルとしての活動に俺が拘る理由ないでしょ。


「っていうか俺さぁ、昼間にお前と出来る限り関わりたくないっていったよな?お前の手伝いなんかしないよ」


 そんな俺の言葉に顔を真っ赤にして怒る姫子。


「何よ、何よ何よ何よ!寄ってたかって私をいじめてそんなに楽しいの?!!」


「別にいじめてるわけじゃないし楽しくもないぞ、話してるだけで疲れるし、被害者面するなって。お前の身から出た錆だろ」


 俺が溜息混じりに言うと、それが気に入らなかったのか絶叫する姫子。


「っきいイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!」


 徐々に声量が大きく、甲高くなる、不快で耳障りな金切声。五月蠅いなぁ……自分で自分の声が耳障りだとか思わないのだろうか。


「嫌だ、いやだ、イヤイヤイヤイヤーッ!!だめだめだめだめ絶対だあああああああああああめえええええええええええええええええええええええええ!!アシェルは私のものなんだからあああああああああああああっ!!」


「じゃあ弁護士を立ててきて、どうぞ」


 姫子の声を気にする様子もなく、お茶を飲みながら何でもない事のように言う母さん。圧倒的強者の余裕を感じるぜぇ〜。


「そんなの知らない、違法よ、犯罪よ!!」


 感情任せに子供の用に駄々をこねる姫子、うわぁ……見苦しすぎる。出せる技がなくなったからわるあがきかな?


「蝶野アシェルも私にとっては“子供”よ。私の息子を裏切り、傷つけた貴女に預けておくわけにはいかないわ。……当然よね?」


 にっこりと笑顔の母さん。これはもう、完全に軍配があがっている。母は強し、だなぁ。


「……何よ、アシェルは私よ!私のものなんだから!!」


「そう思うなら弁護士を立ててきてね」


 落ち着き払った母さんに、拳を握りしめてぐぬぬ、ぐぬぬと歯噛みしている姫子。漫画とかアニメだとぐぬぬって表現は可愛く見えるけど、こいつがやるとこんなにも醜悪なのかと失笑したくなる。


「……姫子、個人Vがやりたいなら、自分で新しくVのガワを誰かに発注して、LIVE2Dや編集も自分で勉強するか、誰かに依頼するかすれば自分でできるだろ」


 俺もよこからやんわりと口を出しておく。アシェルの許諾を受けているのが俺である以上、最早姫子に手だてはない。それを姫子も理解しているからこそ見苦しくわめきたてているが、声高に騒いでも状況はひっくり返らないのだよ。


「無理よ!!私に編集なんてできるわけないじゃない!!たっくんがやってよ!!やくめでしょ!」


 いや、他力本願の精神やめい。ソロ活動してる個人Vの皆は勉強してやってるんだぞ?!自分が本当にやりたい事なら努力するべきだ。


「ゔ、ゔわ゙ぁ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!い゙や゙だあ゙ぁぁぁぁっ、わ゙だじがア゙ジェ゙ル゙な゙ん゙だがら゙らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!アシェルまでなくなったらわたしなにもなくなっちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 なんてきったねえ叫びなのだろう。涙だけでなく鼻水も垂らしながらみっともなく号泣する姫子と、すました顔でお茶を飲む母さんと、新聞をよむ父さんと。俺はコイツうるせえなあとしかめっ面でみる。これは100年の恋も一瞬で冷めるってやつだなー。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!わたしがなにしたっていうのよおおおおおおおおおおっ」


「浮気して他の男とヤリまくってて俺が腕折られてるの放置してサカりにいったでしょ」


 そう言うとぐくっ、と呻いて黙った。


「ごめんなさいいいいいいい!たっくんを裏切ってごめんなさいいいいいい、お願い、みすてないでえ、私をひとりにしないでええええ、エッチなことも、するからぁ、たっくんと、するからあっ!もう浮気しないからぁ!!わたしからアシェルとらないでえええええええ!!」


「無理。あと、もうお前とはそういう事をしたいと思わねーよ……」


 謝るのか発狂してるのか懇願してるのかわからないけどとりあえず、ドン引きしかしねえ。あと両親がいる前でヤルとか言わないでくれ……。

 驚くほど冷静な自分に、あぁ、もう姫子は俺にとって心底どうでもいい存在なんだなぁ、と思いつつギプスで固定された左手を撫でる。


「……ほら、立てよ姫子。お前、もう帰れ」


 椅子から落ちて地面に丸くなりながら突っ伏し嗚咽する姫子を無理やり立ち上がらせて玄関まで連れていく。触りたくもないがいつまでも泣き叫ばれても困る。


「い゙や゙だぁぁぁぁぁぁっ、がえ゙り゙だぐな゙いぃぃぃぃっ」


 引きずるようにして玄関まで連れていき、靴に足を突っ込ませて玄関の外へ連れ出した。家の前で放置しても鳴かれるので、家の近くの公園まで連れていき、ベンチへと座らせる。


「泣くのも喚くのも勝手だけど、後は自分でケツを拭け」


 そう言って睨む俺の眼差しに、また姫子が絶叫を上げる。


「どうしで、どうしてこうなるのよぉぉぉぉぉっ!!」


 号泣してるが一から十まで自己責任としかいえねぇ……。俺は姫子を公園に置いて帰った。まぁ泣き疲れるか肌寒くなったら勝手に家に帰るだろ。


 疲れた顔で家に帰ると、母さんが出迎えてくれた。母さんにお礼を言うと、笑顔でピースサインをかえしてきた。余裕綽々という様子、やっぱり母さんプロのイラストレーターなんだなーと再度実感した。


「ママもプロだもの。色々なトラブルに遭遇した事があるし、こういったケースも想定して契約書面を作るようにしているわ。

 ちなみにたっくんが学校に行っている間にお世話になっている弁護士さんに相談してもし浦桐さんが弁護士を立てて係争になっても100:0でこっちが勝つ確認取れてるわよ。ふふ、見直したかしら?」


「母さんの事はいつだって尊敬してるよ」


 そういうと、顔を赤くして俺を抱きしめてきた。


「もう、たっくんったらすぐそういうこと言うんだからっ♪ん~、よしよしいい子ね~」


 うっぷ、胸で窒息してしまう。もう高校生なんだしハグは恥ずかしいから辞めてほしいなぁ。見た目は大学生ぐらいにしかみえないけどアラフォ……おっとなんでもない。ちなみにこのやり取りの間も父さんはマイペースに新聞読んでた。いつも動じない所は見習いたいなところ。


 どっと疲れたな、と部屋に戻ってゴロゴロしてたら朝倉からメッセージが来た。


『しおたん(笑)のクソコラとか音MADが流行ってる』


 インターネットミームでよくみるようなクソコラとまぜたり、しおたん(笑)の歌ってみた動画と合わせて音MADを作ったりでどれも職人早すぎィ!完全にみんなのおもちゃで草生える。

 そのまま朝倉が送ってくれるおすすめの音MAD動画をみながら寝落ちしてしまった。Zzz…。

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