第6話 恥知らずの幼馴染
姫子が泣いているがどうでもいいので放置して教室に帰ろうとする途中、部室棟の影でタバコを吸ってる見知った顔があった。
「しゅーこちゃん、こんな所でタバコ吸ってるんですか」
「しゅーこちゃんじゃない、八車先生と呼べ」
黒髪を結びあげたパンツスタイルの女性は、俺の担任の八車秀子(やぐるましゅうこ)ちゃん先生だ。年が近いので生徒からはしゅーこちゃんと呼ばれるが、本人は八車先生と呼べという。
スタイルのいい美人だがどこかやさぐれているというか、人生挫折してすり切れたようなやるせなさを漂わせている残念美人の先生である。
「よっこいしょ、なんか眠そうですね。昨日はお休みだったみたいですけど何かあったんですか?」
「流れるような動作で人の隣に座るんじゃない、高遠巧。……昨日は身内のトラブルがあったり社会のゴミを成敗してたんだ」
俺が隣に座ったので即座に煙草を携帯灰皿へ押し込むしゅーこちゃん。しまった、悪いことしたな。
「社会のゴミっすか、やっぱしゅーこちゃんはかっこいいですね!お疲れ様です!!」
冗談にも聞こえるけどしゅーこちゃんが嘘を言うようには見えないので多分色々と何かあったんだろう。
「……はぁ。高遠、君は変わった生徒だな。すぐに人を信じすぎではないのかね?」
「しゅーこちゃんが嘘をつくような人には見えないので」
そういうと、なんだか微妙そうな顔をしてぷい、とそっぽ向いてしまうしゅーこちゃん。怒らせちゃった?俺、何か失言したかな……あ、俺また何かやっちゃいました?ってやつかな。
「そういえばその怪我は大丈夫なのか?何か変な事に巻き込まれてはいないだろうな」
「社会のゴミをやっつけた名誉の負傷です……なんてね。固めておけば治るみたいなんでみためよりは軽傷ですよ」
そう言うと、凄く微妙そうな顔をするしゅーこちゃん。
「ハァ……。君は学生なんだ、危ない事をするなよ。この学校も最近は生徒会長と教師が立て続けに逮捕されて、同じ1年で怪我した奴もいる。危ない事はするなよ?……おっと、もうすぐ予鈴が鳴る。君はもう教室にかえるように」
そういえばこの間同じ中学からこの学校に来た奴がなんか色々やってたなぁ、元気そうで何よりだ。
教師らしく心配するしゅーこちゃんと別れて教室に戻り、授業を受けたが漏れぎいた話だと姫子は泣いている所を女子の友達に連れられて午後の授業は保健室で休んだとか。何やってんだアイツ……。
そうして学校が終わって家に帰ると、在宅勤務している母さんだけでなく父さんまで帰宅していた。ただいま、おかえりという挨拶をかわしてから部屋に荷物を置き、両親が揃ってるし団欒かな、と2人がいるリビングに行く。
明るく染めた髪に若々しくて美人な母さんと、ふっくらしためがねのおじさんと言った容姿のとっても地味な父さん。両親ともに尊敬してるんだぜ。
「たっくん。昨日の出来事だけど……親として言わせてもらうわ、姫子ちゃんとは縁を切るべきね」
「その意見に賛成だよ!……オホン、俺もそのつもり。俺も精神衛生上関わりを持ちたくない。今日別れてくれって言ってきたよ」
「そう、判断が早いのはいい事よ。……でもね、たっくん。多分だけど姫子ちゃんは今日も家にご飯を食べに来るわよ」
……えぇ?!いや、ないない。普通に常識的に考えてそれはないだろ。浮気ネトラレ、怪我放置、ついでに別れてまだ以前と同じようには無理がある、ってわかるでしょ~?……と信じられないような顔をする。
「……いいえ来るわ、必ず。あの子は自分が愛されていると思っているし、何より小学生のころから両親がいない木曜日、金曜日、土曜日はこの家にご飯を食べにくると固定概念が出来ているから。……多分、別れてもそれはそれ、これはこれと考えていると思うわ。多分、大前提として昨日の事は謝って済んでいる問題だと思ってるわよ?」
さすがにそこまで恥知らずではない、と思いたいけど母さんの言う事だしなぁ……。
「……向こうの親が出て来たら、お父さんがきっちりと言う。今日の所はお母さんに任せておきなさい」
チャキッ、と眼鏡の位置をなおしながらお父さんが言ったのに、母さんが無言で追従して頷いている。
「わかったよ。……もし姫子が来たらその時はよろしく」
―――――――ピーンポーン
そう言ったところでチャイムの音がなった。ゾンアマの荷物かな?今日はプラモデルの召喚獣ファラオディア&爆流水エフェクトの発売日だもんな。ファラオディアと言えば両手足あげてバンザイのポーズと爆流水のお漏らしエフェクトで飾りたかったので予約戦争頑張ったのだ。
「こんばんはー」
……そんなウキウキの気分は即座に粉砕された。玄関からした声は今世界一聞きたくない不愉快な声で、マジかよ冗談だと思いながら扉を開くと申し訳なさそうな姫子がいた。
「彼氏とか彼女じゃなくなっちゃったけど、幼馴染として……よろしくね。今日もご飯を頂きに来たよっ」
よろしくされたくねえええええええええええええええええ!!どういう頭と神経してるんだという思いを飲み込みつつ、落ち着け、素数を数えろ素数は孤独な数字だから数えると心が落ち着くからね……と素数をながら俺は母さんの言いつけ通りに姫子を家へと招き入れた。
「こんばんは、姫子ちゃん」
「いらっしゃい」
母さんと父さんがそう言って姫子を迎え入れるが、……家族だからわかるけど2人とも笑っているようで笑っていない。姫子は気づいてないと思うけれど。
「お邪魔します。……わっ、今日はにんじんハンバーグにスパゲティ、それに茄子のお浸しまで!私の好きなものばかり!うれしいー!」
そう言って手を洗ってからいつものように席に座る姫子。学校で俺に謝って別れたからそれで事は済んだ、と思ってるなこいつ???しかし母さんが任せろというので俺は心を無にして食事をすることにした。自分の好物ばかりで大喜びの姫子。そして笑顔で笑っていない俺の両親、そして素数を数える俺。恐らく姫子だけが自分が薄氷の上に立っていることに気づいてないのだ。
―――そして表面上はいつも通りの食事を終えたところで、姫子が口を開いた。
「ごちそうさまです、おばさん!今日も美味しかったです」
「そう。それは良かったわ。……姫子ちゃんが木曜日、金曜日、土曜日こうしてこの家にご飯を食べに来るようになったのって小学生の頃だったわね。お父さんとお母さんは今も共働きなのかしら?」
「え?そういえばそれぐらい昔から着てましたね。パパもママも研究職で忙しいって言いながら働いてます」
「そう。……それでね、姫子ちゃん、いえ―――“浦桐さん”。こうやって家にご飯を食べに来るのは、これきりにしてほしいの」
成程、姫子の好きな食べ物ばかりだったのは最後の晩餐という訳ね。死刑囚も最後は希望の食事がとれる、だったっけ。
「えっ?ど、どうしてそんな急に?!」
浦桐さんという呼び方への変化と、スンッ、と能面のような表情になり淡々と告げる母さんの豹変に驚いている姫子。いや、普通に考えて今のお前の行動甘ったれすぎだって。
「浦桐さん、近所に住む幼馴染だからと言って、普通は週に3日もご飯を出したりはしないわ。昨日の出来事、巧から聞いたけれど……あんな事をして同じように接してもらえる、というのは物事を甘く考えすぎね、浦桐さん」
そういうと、さすがにバツが悪いのか反論できずに言いよどむ姫子。
「……そんな、でも、あれはしかたがなかったんです!それに私、困ります!私、食べ物なくなって餓死しちゃうかもしれないじゃないですか?!」
「ウチは困らないし、関係ないわね」
ぴしゃり、と満面の笑顔で言い放つ母さんに姫子が戸惑いながら言い返せないでいる。
「それと言っておきますけれども、今まではあくまで厚意でご飯を用意していたのよ。ウチの巧が大切に想っている子だから、私たちも巧の気持ちを汲んでいたのよ。勿論、浦桐さんのご両親から食費も頂いた事は無いわ。
そもそも仕事が忙しかろうと何だろうと、子供の食事の面倒を見るのは親の義務。うちにそんな義務も義理もないのよ」
そう言う母さんの圧力に耐えかねたのか、姫子が助けを求めるように俺を視てくるが俺は今スマホゲーの限定ガチャを引くのに忙しいんだこっち見んな。頼む、虹エフェクト、虹エフェクト来い……ぬわぁーんすり抜けかよぉぉぉぉぉ!!
「男女の事だもの、付き合う、別れるというのは、ある事よ。
とはいえそれでも浮気は褒められたものではないから、本来であればきちんと巧と別れて、鉢山何某……えっと、まさおさんとお付き合いすればよかったのではないかしら?
そして何より、自分の家の子供が暴行を受けてるのを一緒になって嘲笑して、怪我をさせられているのに放置するような輩に跨がせる敷居はありません。
今後、浦桐さんのお家とのお付き合いも控えさせていただきます――――筋を通す、というのはそう言う事よ」
俺がガチャに一喜一憂している間も続く母さんの絶縁宣言に、姫子は口をパクパクと開閉している。酸欠の鯉みたいだなぁ、ウオロロロ!……おっと汚い笑い方は自重しよ。
「……わかり、ました。もう、来ません……」
項垂れている姫子をみても全く何の感情も浮かばない。そんな事よりガチャ天上までまわして交換したほうが俺は哀しいよ。貯めていたガチャ石全部溶けたわ……これだから水着ガチャは……!!
そしてそれで話が終わったと思っている姫子に、母さんはまだまだ言葉をかけた。
「何勘違いしているのかしら。まだ大事な話が終了してないわよ?」
「ヒョ?」
笑顔の母さんの言葉に間の抜けた声をあげる姫子。食卓での断罪劇は、まだまだ終わらないようである
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こぼれ話:生徒会長と教師が立て続けに逮捕されている、というのはこの話は筆者の別作品『恋愛対象外』と同じ学校&同一時間で起きています(元々そっちで没にしたネタが元の話なのです)。
投稿に際して『恋愛対象外』とは関係のない独立した話にしてありますが、ろくでもないトラブルばかりがおこる学校ですネー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます