第21話 早乙女汐音Ⅲ

「――光放つ太陽剣フルバースト・ガラティーン!!!!!!」


 もはや音など置き去りにして、俺を灼くが迫ってくる。


「これは流石にまずい……」


 咄嗟に、きのぼうにセットされたスキルプリセットを切り替える。

 今使用しているのは「防御」に特化したスキルプリセットだが、残念ながら迫りくる太陽には太刀打ちできまい。


 切替先は「解除」に特化したスキルプリセット。強化状態解除、スキル封印、行動制限etc...

 要は「太陽を太陽で無くしてしまう」方法。

 「リターンはあるがリスクが大きい防御」より、「リターンもリスクもない無効化」の方が安全かつ確実だと踏んだのだ。


 そうして俺はきのぼうの先端を太陽に向けて、スキル発動を宣言する。

 いや、厳密にはしようとした。


次元の隔ぜディメンション……


「――我が竜、太陽を喰らい駆けよ!」


 ん? 今俺の詠唱よりも先に――






 ――瞬間、全てを斬り裂くような風が到来した。








「――なッ!?―――――――――――」


 轟音、それから衝撃波のように巻き起こる砂煙。

 ――謎の男の声と同時に、俺たちの間を遮るようにが横断していった結果だった。


 しばらくの間続いていた轟音と砂煙の波状攻撃をしのいだ先に見えた光景に、俺は度肝を抜かれる。


「……お、おいおい、なんだこりゃ……」


 迫ってきていた太陽はいつの間にか消えていたが、驚くべきはそれではない。

 先ほどまで俺たちが立っていた場所——俺と早乙女汐音が向かい合っていた地面——が消えていた。いや、正確に言えば断絶していたというべきか、とにかくまるで海溝のように深く暗い地中をあらわにしていたのである。


「……嘘……こ、こんなこと……」


 どうやら早乙女汐音からしてもこの展開は衝撃的だったらしく、彼女の顔に戸惑いが現れているのが分かった。

 しかし、彼女の視線は俺たちの間に生まれた深淵を垣間見せる溝ではなく巨体の行き先——彼女の住まう豪邸の方に向いていた。


「…………」


 俺もまた彼女の視線を追い、絶句する。

 先ほどまであったはずの厳かかつ豪勢な建物は跡形もなく破壊され、まるで何かにくりぬかれたようにその邸宅の中心に巨大な穴を開けていたのだ。

 彼女の従者であるメイド2名も、各々に感嘆の声をあげている。


「――竜、か」


 俺は先ほど聞こえた声を思い出しながら、空を見上げる。

 俺たちに影を作ってみせる、真っ赤な巨体が浮かぶ大空を。


「手荒い挨拶となって済まない。我が運命の麗人、早乙女汐音」


 野太い男の声だった。それでいて余裕と蔑みを感じさせるムカつく喋り。


 そんな男を乗せた赤い竜が、ゆっくりと降下してくる。ゆっくりとは言いつつも、巨体を浮かび上がらせるほどの強風が地面に居る俺たちを襲うのだが、当の本人はそんなことお構いなしと言った態度だ。


 竜の背中から降りた男は貴族のような格好をしていた。

 金を基調とした刺繍入りの制服、戦いに赴く戦士のそれではないことだけは明白だった。


「経過報告を聞きに来たつもりだったのだが……どうしてこんな野蛮な野良プレイヤーと戦っているんだいシオンちゃん? ボクはてっきり君が襲われてるのかと勘違いして、勢いあまって竜の手綱を離してしまったよ……その顛末がこれ、早乙女家の豪邸まで喰らってしまったというわけ。やれやれだねぇ」


 もはや威厳のかけらもない豪邸をニヤニヤしながら見据えて、男は語る。

 坦々と語るその言葉には、至る所に嘘がある気がした。


 俺と同じこと思っていたのか、狼狽えていた早乙女汐音が強く反応した。


「鳳院さん……こんなの、あんまりです! いくら早乙女家に恨みがあるからって――」


「恨み? ボクが君たちのような低級貴族の何を恨むって言うんだい?」


「そ、それは……わ、私がアナタとの縁談を断っているからでは……」


 苦虫を嚙み潰したような苦しそうな顔で言葉を続ける汐音。

 うーん、と男は一度わざとらしく首を傾げた


「おかしいなぁ。縁談の回答は保留のはず。――なのに君の口からそんな言葉が出るということは、それが" 早乙女家総出の回答 "と受け取っていいのかなぁ?」


「そういう、つもりでは……」


「鳳院家のありがたいお誘いを断るなんて、ましてや血縁関係になれる縁談を断るなんてそんなバカなことないよねぇ? キミの父上も母上もそんなことを望んじゃいないはずだ。さぁ、僕と結婚しよう、今、すぐに! EUの世界なら面倒な手続きは不要だ! ほら、早く承認を!」


「お言葉ですがっ、現実世界の私と、EU内の私がどう生きるかは全く別の問題です。EUの世界で私とあなたが結婚する必要は――」


「――違う違う違ァうっ! いいかい、ボクと君は結ばれる運命なんだ。現実世界もEUの世界も関係ない。どこでも、いつでも僕たちは繋がれていないといけないんだ。だというのに君は現実世界でボクの縁談を保留にし、EUの世界でもこんな山奥に貧相な家を建ててコッソリ暮らしている。なぜボクと結婚しないんだ! こんなにもボクは優れているのにッ!」


 男は身振り手振りで怒りをあらわにしている。


「で、ですから縁談の話は現実世界の話で――」


「聞きたくないなぁ! そんな戯言は! キミは、キミの意思でその純潔を捧げに来るんだ。ねだるように縋るように――それに現実世界もEUの世界も違いはあるのかい? 落ちぶれた早乙女家が存続するにはキミの決断が必要なんだよ。キミの尊厳の放棄という英断を一家全員が望んでいるんだ!」


「……ッ」

 

 汐音の顔がより深く陰るのが分かった。

 よく分からんが、汐音が劣勢であることだけは確かだった。


 拳を強く握りしめているように見えていた汐音の体から、ふっと力が抜ける。

 認めた/許容した、という言葉よりは諦めたという表現の方が適切だろうか。


「分かれば良いんだよ、分かれば。いやぁ、それにしても君は相変わらず綺麗だ。凛としたその佇まい、鳳院家の跡継ぎを産むにふさわしいよ」


 俯いたまま汐音は力なく言葉を返す。


「……鳳院様。申し訳ございませんが家もありませんし、今日のところは……」


「あぁ、構わないよ。別に今日いますぐに、という話ではないからね。寛容な夫として婚前の戯れも許そう。なにせボクの妻になった後では、些か世間への見方が変わってしまうだろうから。今のうちに庶民の世界を存分に満喫すると良いよ――はて?」


 刹那、男の眼前を槍の一閃が襲う。

 しかし男はそれを予期していたかのような余裕の動きで躱す。

 そうして笑みを浮かべたまま、槍を投げてきたメイドの方へ向き直った。


「――いい加減にしろ、お嬢様を侮辱するな……」


「なんだい。庶民の意地というやつかい? だが事実だ。受け入れるべきだよ。そうでないとお家のためにボクに身を捧げる彼女が浮かばれない。ね?」


「…………えぇ。その通りです。あなたたちは下がっていて、私は、大丈夫」


「ですがお嬢様——」


「お願い……これ以上言わせないで」


 うんうん、と男は腕を組んで頷いた。


 全く以て事態が解決したようには見えなかったのだが、彼彼女らが良いというのなら、俺が出る幕はないのかもしれない。


 ゆっくり、ゆっくりと後ずさる。


 なんかめんどくさそうだし、早乙女汐音にはまた後日挨拶にでも――


「――で、残ったキミ誰?」


 男の鋭い眼光が、俺を刺したのは間もなくのことだった。

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