第19話 早乙女汐音Ⅰ
「でっけぇ屋敷だなあ、おい……」
映画でしか見ないようなバカでかい屋敷を見上げながら俺はそう呟いた。
正門の鉄格子の隙間から見えるのは、噴水のある豪華な庭。使用人らしきNPCが剪定や掃除をしている。
まるでお城だな。
あー、ちなみに現実世界ではない。ここはEUの世界だ。
プレイヤーの初期リスポーンエリア兼宿場町「ジエグルム」からやや離れた山間地に彼女の豪邸はあった。
「行きたくねえけど、行くしかねえよなぁ……」
俺は深呼吸をしてから、備え付けられているインターホンを鳴らす。邸内で響く鐘の音が緊張を加速させた。
しばらくすると冷ややかな女性の声が帰ってきた。
「――どちらさまで?」
「あー、すみません、シオンさんいらっしゃいますかね?」
「……シオン様に何の御用でしょう?」
「家にお招きいただいたんで伺ったんすけど」
「シオン様が男を屋敷に!? そんな馬鹿なことあるわけないでしょう!」
怒鳴られた。インターホン越しなのに俺は縮こまってしまう。
怖いって。
「え、えぇっとですね、フレンド申請も送らせてもらってるんでシオンさんに聞いてもらえばすぐわかるかなと――」
「――……アスカ! シオン様に近づく不審者を正門前に確認! 迎撃せよ!」
? なんて?
「あ、あの~? み、湊って名前を告げてもらえば多分分かると思うんですが――」
「――黙れケダモノめ! 絶対にその場から動くなよ! 二度とシオン様の名を口に出来ないほどに叩き潰してやる!」
あっれれ~? おっかしいぞ~?
脳内ピンク色の黒髪美人——早乙女汐音というクラスメイトに挨拶に来たつもりだったのだが、どうやら俺は今から叩きのめされるらしい。
宇垣を連れてきた方が良かったか……? いやでもアイツはアイツでやってもらわないといけないことが……。
そんなことを考えていると、屋敷の厳かな扉を蹴飛ばして見知らぬ二人が現れた。
「――アスカ、一撃で決めるわよ」
「――了解。殲滅を実行します」
二人ともメイド服で、なぜか両手に大剣を持っている……。
現実味が湧いてなかったのだが、どうやれ俺は本当に叩きのめされるらしい……。
「しねゴルアアアアアアアアアアァアアアア!!!!」
あ、さっきインターホンで会話してくれた人の声っぽいぞ。
二人の内、メガネをかけた方のメイドが身体強化魔法の発動と同時に、大きく跳び上がる。
彼女の跳躍は屋敷の入り口から、正門を超えた俺の居る場所までひとっ跳び――え、ひとっ跳び!?
「――のわっ!? あぶねぇ!!!!!」
眼前に迫る殺気と剣戟を間一髪のところで避ける。
「――ちっ、逃げんなよ腰抜け変質者が……」
俺が居た地面の地表は剣戟によって抉り取られ、立ち上る砂埃の中からメイドさんが一人姿を現す。大剣を軽々と振り上げ、獲物に切っ先を向ける。
いかん、早く弁明せねば、死人が出てしまう!
主に俺が死ぬ!
「い、いやちょい待ち! 俺は決して変質者ではなk——」
――瞬間、背後に別の殺気を感じた俺は咄嗟に「きのぼう」で守りの体勢に入った。
現れたのは、もう片方のメイドだ。
「――
「――ッ!?」
上位ジョブ「ソードマスター」の固有スキル「真空烈破」。対象の防御力を無視して貫通攻撃を行う強力な攻撃。あれは痛い。
ってか、少なくとも変質者相手にはオーバーキルも良いとこだ!
しかもこいつ、隠密スキルもかなりのモノを持ってやがる! 完全に間合いを詰められるまで気付かなかったぞ!
「殲滅——実行ッ」
振り下ろされる神速の斬撃。
「――ぐっ」
俺は姿勢を下げながら、斬撃が俺の体を切り刻むまでの時間をコンマ数秒だけ遅らせる。
――そうして、剣の軌道に「きのぼう」を沿わせる。
そんな俺の動きに、相手は余裕の笑みを見せた。
「――初期装備で防御出来るわけが――」
そう。
できるわけがない、普通。
『遮断スキル発動、ジャストガードに成功したため攻撃特殊効果を打ち消します
鉄壁スキル発動、ジャストガードに成功したためダメージを受けません
反撃スキル発動、ジャストガードに成功したため反撃します』
「――なっ!?」
風を斬る大剣の一振りが、棒切れによって相殺され、弾き飛ばされる。
「な、何が起きたの……?」
「――はぁ!? なによこれ!」
バトルログに出力された情報に二人のメイドは驚きの声をあげた。
無理もない。
初期装備の「きのぼう」で上位職の専用攻撃を受け止められるなんて信じられるわけがないのだから。
「あっぶねぇ。良い連携だぜ、ジャストガード出来なきゃタダじゃすまなかったな……」
俺のHPは満タンの9000だ。
「……何者だ、貴様」
「だから変質者じゃなくてただシオンさんに会いに来ただけなんですってば……」
「――黙れ! ケダモノめ!」
「滅茶苦茶だ……」
なんとか命の危機は脱したが、相変わらず二人の殺気は俺を刺し続ける。
だが、今の応酬で分かった。
――こいつらはEU歴が浅い。
攻撃前のバフ集約、攻撃後の硬直時間を考慮した最適な戦闘距離、連携を前提としたスキルビルド、ありとあらゆる要素が考慮不足だ。
その証拠に追撃が無い。大方さっきの真空烈破で俺をKOするつもりだったのだろうが、二人ともスキルを全ぶっぱしたせいでクールダウン待ちだ。
「仕方ねえ。あんまり武力行使はしたくなかったが、2対1じゃ流石に分が悪い……悪いが、一人潰させてもらうぞ」
俺はきのぼうを構えて、ソードマスターのメイドに狙いを定める。
一撃でねじ伏せてやる、と珍しくやる気になった時だった。
「ただいま、随分騒がしいようだけど何が起きているのかしら……——って、あれ? お客様……ではないみたいね」
正門前の地面に魔法陣が浮かび上がり、光の粒子と共に誰かが現れた。
白銀の甲冑を身に纏い、背中に天使の羽を生やした騎士だった。
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