第15話 元凶
「謎の美女二人に迫られる」という普段の俺からは考えられないほどの怒涛の一日を終えた俺は一人、校門に立っていた。
夕方と言えど蒸し暑い空気の中で、聳え立つ巨大な校舎。
今日この学校の中で起きたことが、未だに信じられない。
俺だぞ? 女子と話すことなんて一年に一回、それも机から落ちた消しゴムを女子に渡して「はい」「ありがとう」くらいの会話しかない。というかそれは会話なのか? という気がしないでもない。
そんな俺に、だ。
「……おかしい」
おかしいに決まっている。
「……ん? なにが?」
「うん、やっぱおかしい」
「いやだから、何が?」
「おっかしいぞ――」
「――だから何って聞いてんじゃんかぁあああああああああああああ!」
べちんと膝に蹴りを喰らう。
突然の衝撃に俺の膝は崩れ落ち、地に手を付ける。
「いでええええええええええええええええ!!!!!!! 何すんだぁああ――って……宇垣?」
見上げると、そこには宇垣が立っていた。
配合お誘いでお馴染み、宇垣若乃である。
魅惑の生足をなぞって視線をあげてしまったせいか、全身の血が湧き上がるような感覚を覚える。
「こんなとこで何してんの、湊くん。急にぼそぼそ喋り出したかと思ったら叫んだりして……」
「え、俺……叫んでた?」
「うーん、厳密には叫ぶ直前だったって言うか? 私の蹴りで何とか窮地を脱した? みたいな感じかな」
「……膝蹴りをする必要はあったのか?」
未だに膝の裏が痛い。ついでに膝を地面についてしまった時の衝撃で膝頭がじんじんしている。
「あ、あった……かな?」
「こっちが聞いてんだよ……ったく、こんな暑いってのにどうして俺はアスファルトに手を付いてないといけないんだ……」
「立てば良いんじゃない?」
「……それは、そうなんだが……」
そう。立てばいいのである。立てば。
立てるなら、いや、たってないなら、というべきか。
「なんで立たないの? 湊くん」
首をかしげる宇垣。
「?」という文字が宙に浮かんでそうなくらい不思議そうな顔で、横に揺れながら俺を見下ろす。
迂闊だった。
この暑さのせいか、昨日の諸々(カ〇ピスの水たまりを胸に浮かべる宇垣など)がフラッシュバックして俺のリトル湊を刺激する。
立てない……今立ったら……全て終わる……ッ!!
というかタってしまっているッ!!!
漢湊、土壇場である。
「な、何でもないんだ……これはちょっと……その……なんだ、あぁ、そうだ、今日あった訳の分からんことで頭が混乱しててだな」
「変なの……でも、混乱してるって、何かあったの?」
よし、これだ、これで行こう。とりあえず他愛もない話をして時間を稼ぎ、その間にリトル湊を鎮める。最高にクレバーな作戦だ!
「んしょっと」
「――!?」
俺のリトル湊が躍動する。
地に手を着いたままの俺に、宇垣はしゃがんで視線を合わせてきた。
スカートはしっかりと伸ばして膝を畳み、両手で膝を抱くようにして俺の眼前に。
近い、ちかいちかいちかいちかい!!!!!
「ん? どうかした?」
「――あ、え、なにも……」
「そのお話、この若乃さんが聞いて差し上げよう~なんつって」
いって、にぱっと笑って見せた。
もうこのバカッ! そういう感じじゃないんだってば!
と言いたくなる気持ちを抑えて、俺はリトル湊を必死になだめる。
しかし追撃を喰らったマイサンはそう易々と収まってはくれないようだ。
仕方ない、こうなればとりあえずこのまま作戦を遂行するしかあるまい。
「今日あったおかしなことというのはだな……——」
俺は事の一部始終を話す。
朝っぱらから黒髪美人に押しかけられて無理やりEUのアカウントを教えられたこと。
昼休みに謎のギャルがやってきて連絡先を無理やり(ここ大事)交換させられたこと。
どちらも「俺がEUをやっている」という公にしてない秘密を知っていたこと。
「だからやっぱ今日はおかしいなぁ――って……宇垣?」
俺が大筋を話し終わった時、宇垣の綺麗な顔におびただしい量の汗が流れていた。
「ふぇっ!? い、いやぁあ、あ、あ、あああちいですわね~ホント。いや~湊くんそれは災難だったね、なぜか見知らぬ女子生徒二人にEUのアカウントを教えられて無理矢理誘われるなんて、あー怖いな世の中こわいなぁ。湊くんがEUをやってることを私が部活友達にバラしたからってそんなおかしな話になるわけないしね、うんうん! アーコワイナーセカイ!」
慌てふためく宇垣。
――もとい、今日の謎多き事態の元凶。
「あ、あ、わ私ちょっと用事思い出したから今日は帰ろうか――」
「――おい、宇垣」
「……へ?」
「……ちょっとツラ貸してもらおうか」
「つ、ツラぁ? 何を言って——」
「(無言の威圧)」
「う、うぅっ……つらたん」
俺は縮こまった猫のようになってしまった宇垣の首根っこを持って、家まで帰るのであった。
リトル湊は、脳に駆け上った血流によっていつの間にか収まっていた。
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