第13話 懐古の昼休み

 八重樫は俺の話をうんうんと聞きながら、カレーを頬張る。

 そして、参考書に落とした視線を一切揺らすことなく、話をまとめた。


「――で? その謎の高身長美人のお願いを聞いて、駄賃として性行為に及ぼうって話かい?」


 おい。


「諸々端折って訳わかんない結論に帰結してんじゃねえよ、俺がろくでなしに見えるだろうが」


「至って合理的な帰結だと思うが……あと、僕が言えることでもないかもしれないが君は十分" ろくでなし "だと客観的事実が示している。友達が少なく、学業も部活動も中途半端、おまけに素行も良くないとくれば" ろくでなしの鑑 "と言っても過言ではないと思うが……あ、すまない君のから揚げ一つ貰うよ、カレーはタンパク質が足りてなくてね――」


 言い切る前に八重樫は俺の昼食である「から揚げ定食」の貴重なから揚げ5つのうち1つをスプーンで掬い上げた。

 カリッと揚がったどことなく美しさを感じる衣を纏ったから揚げは、カレーの湖にボトンと落とされた。


「八重樫お前、合理的とか客観的事実とか言えば人に悪口言っても良いと思ってねえか? ……てか、から揚げ奪ってんじゃねえ」


「悪口というのは相手を貶そうとか陥れようなどと言う負の感情から生まれる非生産的な発言だ。そんな愚行に走る僕ではない。僕がしているのはただの事実の提供だ。――そして……うん、から揚げは美味しい。提供感謝する」


「てめえいつかぶっ飛ばしてやるからな……」


「ぶっ飛ばすというのは物理的にかい? それは無理だろう、僕はこう見えて護身術程度は習っていてね、キミの体躯から導出されるいずれの攻撃も僕をぶっ飛ばす――この場合は物理打撃によって対象を数メートル跳躍させる――のは不可能だと分析している。どうかな? ……あぁ、そうだ、から揚げの代わりに福神漬けをあげよう」


「――要らねえよ!」


 前半部分にはもう何も言い返せない事実しか羅列されていなかったので、俺は惨めにも福神漬けキャンセルだけ繰り出したのだった。


 合理的、という基準はいつか人を傷つける。

 その漠然とした事実を八重樫は知らないのだろう。


 昼休みの食堂。超巨大なホールで全校生徒たちが賑やかに喫食している中、

 俺はひとつ、大きなため息をした。


 そんな俺の様子を見てようやく罪悪感を覚えたのか、八重樫はカレーを食べる手を止め、目線をこちらに向けてから、


「まあでも、キミにはEUがある。僕や他の誰もが渇望しそれでも諦観するしかなかったあの栄冠をキミは経験している。……僕にはそれが何よりも疎ましく、非合理的だけどぶっ飛ばしたくなる――そう思えてしまうよ」


 少し物寂しそうな顔で、そう言った。


「……よく分かんねえな」


「ふっ、上に立つものは下の気持ちが分からない。これもまた合理的な帰結だよ」

 

 それだけ言って、八重樫はまたカレーを食べながら参考書に目を落とした。

 

 よく分からない。

 それはあの日からずっと抱いている、八重樫に対する本音だ。

 コイツは俺を過大評価している、たかだかEUでトップランカーだった俺の過去の実績を今なお光り輝く王冠だと思って俺に接してきている。

 その王冠は埃を被って物置にでも隠れていたはずのモノなのに、それを引っ張り出して俺の前で高々と掲げたのだ。


 八重樫は初めて会った俺に、こう言った。


 ――僕の知っている「雷電」というEUプレイヤーは永久に不滅だ。だからキミを探して会いに来たんだ――


 そんな言葉を聞いて俺は、


「どこの巨人軍だよ」


 と言いたくなる気持ちを抑えつつ。

 忌まわしき過去を憧憬だと語ってくれる人間が居たことに感謝してしまったのだ。


 だから、俺は今こうして八重樫と面と向かって食卓を共にしている。

 一人では成し得ないあの計画を二人で成就させようとしている。


 ――なあ八重樫、この関係性は合理的か? 


 そう問うたらなんて答えるのだろうか。


 愚問だね、と鼻で笑う八重樫を思い浮かべて、俺は少し笑ってしまった。


「――どうかしたかい? 湊」


「なんでもねえよ、口にカレーのルー付いてんぞ」


「なっ、僕としたことが……これは失敬」


「嘘だよ」


「……ふむ、認識を改めよう。キミは" ろくでなしの鑑 "ですらない、" ろくでなしがろくでなしだと思うくらいのろくでなし "だ」


「格上げご苦労」


「はぁ……その積極的思考をどこか別のとこに活かしてくれないものかねぇ……」


「生憎、俺はリアルに期待しない主義でね」


「相変わらず非合理的だね、キミは」


「そういう俺だからトップに上り詰められた、違うか?」


 しばし考えてから、八重樫はにやりと笑った。


「――ふむ、一理ある」


 賑わう食堂に、気の合うゲーマー二人。

 今日も、いつもと同じ時間が流れている。




 ――はずだった。



「ねーねー、キミ湊くん、だっけ?」


 俺たちの円卓に、派手なネイルを携えた手が勢いよく置かれる。

 同時に鼻孔を突くフローラルな香り。


「あーしにも力貸してよ。もちEUの方ね……あ、から揚げ定食じゃんから揚げもーらいっ」


 から揚げ定食のから揚げ-2の俺に、太刀打ちできるのか。

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