EpisodeⅡ 降りかかる災難
第12話 黒髪美人襲来
真夏の平日。
今日も今日とて俺のつまらない学校生活は続く、はずだった。
「あの噂聞いたか? 宮本に彼氏できたんだってよ、しかも野球部の田島が相手らしい。あんなただの坊主に宮本が……マジで悲しいわオレ、むっちゃ好きだったのに……」
「あの田島? 下心丸出しのスケベ坊主で有名だろアイツ……てことは今頃宮本は田島の毒牙に……」
「や、やめろそんなこと言うな、鬱になっちまう……」
HR前の何でもない時間に繰り広げられる校内ゴシップが耳に入ってくる。
そのどれもが、俺にとっては一切関係のない話題であることは言うまでもないだろう。大体宮本も田島も知らん。誰だそれは。
俺は一人頬杖を付いていつものように窓の外を眺める。
あー。とっとと家に帰ってEUしてえなぁ。
昨日の件があって以来、俺の中のEU熱が再燃しようとしている。今日は久しぶりに凍土にでも行って素材集めでもしようかな……勿論ソロで。
「ねぇ、ちょっと良いかしら」
なんだか性格キツそうな女性の声が後ろの方から聞こえた。
姫宮……ではなさそうだな。
「貴方のEUの腕を見込んで、頼みたいことがあるのだけど」
誰のことを言ってるのだろう。このクラスでEUの腕に覚えがある人間となると佐渡か山岸——どちらもこのクラスでイケメン秀才として名高い奴らだろう。
ちょっと様子が気になった俺は、声の主の方に振り返ってみることにした。
すると――
「無視かしら?」
「……」
見知らぬ女子生徒。別クラスの生徒だろうか。俺を透過して後ろに居るであろう目当ての人物を見据えているようだ。
男子顔負けの高身長に黒髪ロング、涙ボクロにきりっとした目鼻立ちは海外モデルのような美的な雰囲気を漂わせている。
……綺麗な人だなぁ。
漏れ出るように、感想が湧いてくる。そんな人だった。
そんな人を無視しようとしているなんて、
「ウチの佐渡と山桐がすみません」
と俺が代表で謝っても良いくらいだった。
そう思いながら俺は視線を前方に戻す。
「――二回も無視? そういう仕打ちが好きなのね。いいわ」
おいおい佐渡か山岸、どこに居るんだ~
こんな美人を待たせるもんじゃないぞ。
と睨むような視線を前方に向ける。
…………
…………………( ^ω^)?
おかしいな、俺の前方には誰もいない。
俺しか、居ない。
い、いやでも、まさかね。
そもそもEUを俺がやってることなんて誰も知らないしね、うん。
「――私、これでもこの学校では知名度と人望はある方だと思っていたのだけど。自惚れだったかしらね」
落ち着き払った声が、するすると俺の耳に入ってくる。
「――あなたに用があるの、湊くん」
美人を待たせて無視している無礼者、俺だった。
「……お、俺ですか……?」
「このクラスに貴方以外の湊くんが居るかしら?」
「い、居ませんが」
「じゃあ貴方しかいないでしょ」
「そ、それはそうなんですが……えと、俺みたいなやつに一体何のようでしょうか……」
痛い痛い、他のクラスメイトたちの視線が寄せられているのが分かる。俺はこういうのに慣れてないんだ。夢の国でプロポーズされてるときの感覚ってこういう感じか? いや違うか。
「さっきも言ったでしょ? キミのEUの腕を見込んで頼みたいことがあるの。勿論駄賃は払うわ……」
「え、ええと、俺はEUは――」
俺に有無など言わさず、彼女は自らの胸を両手で挟んで持ち上げて、うん、なんて言えばいいのか分からないがとにかくすごい卑猥な動きを見せた。
「――そ、その、望むなら、この純潔な私のカラダで淫らな奉仕だって……」
「――いや望むかぁっ!!!!」
つい声を張ってツッコんでしまった。
というかなんだ、俺がそういう要求をしそうな奴に見えてるのか? 俺が悪徳商人みたいだって遠回しに伝えてるのか?
脳内で駆けまわる本能を理性で律しながら、俺は至って冷静に返答する。
「あ……その、駄賃は要らないから詳しい話はちょっと別の場所で……」
「べ、別の場所って……ほ、ほ、ホテルかしら。きゅ、急にそんなこと言われると……——ああっ、そんな犯すような視線で私を虐めないでちょうだい……体が勝手に反応して、ぞくぞくしちゃう……」
「……」
こいつヤバいな。俺何もしてないよ?
教室の中が少しずつざわついていくのを感じる。
え? でも俺ヤバくないよね? 潔白だよね?
俺があたふたしている間も目の前のおかしな美人は体をもじもじさせながら、俺に恍惚とした表情を向けている。
「――んんっ、も、もうッ♡ 満足したでしょ……続きは私の家で……これが私のEUアカウントのIDよ。時間が出来たら連絡してもらえるかしら。……その時までにココロとカラダの準備はしておくから……」
準備の前に、一旦脳の淫乱を司るどっかの部分を洗浄してきてもらった方が良いと思うが。
「――協力、恩に着るわ湊くん」
「いや、そもそも協力するも何も俺はEUなんて――ほぇっ!?」
ぼふっ。
柔らかな双房に包まれる感触。
母に抱かれた赤子の頃を思い出すには少しばかり邪すぎる感情が俺の中に湧き上がる。
――え、これおぱ――
「今は、これで我慢してね……」
「―――――――――――――がまん」
「そうよ。が・ま・ん♡」
俺はゆっくりと目を閉じた。
仕方ない。不可抗力だからね。
「じゃあ後で、ね? 湊くん」
その後、謎の抱擁から解放された俺の心は宙を舞い続け、結局訳も分からぬままHRが始まるまでの時間を過ごすことになった。
クラスのざわつきを呆けた心で感じながら、どこからか感じる殺気に気付かぬふりをして。
けれど、俺の災難は朝だけでは終わらない。
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