第10話 結ばれる糸
結局、ネカフェを出たのは21時を過ぎてからだった
「あ~楽しかった。配合って面白いね、あれだけで何時間でも遊べちゃいそう」
うひゃ~と言いながら、大きな伸びをする宇垣。
「そりゃよかった。無事延長料金は取られたけどな」
「ごめんってば~。キリが良いとこまでやりたかったんだよ~」
「まあ気持ちはわかる……が財布持ってきてないのは人としてどうなんだ?」
「うぅ、だから忘れたんだってば~。こういう時なんて言うんだっけ……あ、そうそう、"この恩はカラダで払う"から許してよ~」
「――へ、変なことを言うな! ……ったく、どういう生活してたら毎回そんな言葉をチョイスできるんだよ……」
「あれ? 褒められてる? 私」
「褒めてねえッ!」
夜の街を二人で帰る。
高校生の男女がネカフェから出てくるにはやや怪しすぎる時間か。夏と言えど流石にすっかり日は暮れていた。
どことなく寂しく、それでいて大人な雰囲気が俺たちの周りを包んでいる。
そんな中、隣を歩く宇垣が不意に言う。
「ね、湊くん。また誘っても良いかな。今度はフツーにネットワーク通信で良いからさ」
ネットワーク通信。つまり互いに自由な場所で、スマホからネットワークに繋いでマルチプレイしよう、という事らしい。
「ん? あぁ、俺は良いけど……逆に良いのか?」
「何が~?」
歩道のブロックの上を歩く謎の遊びをしている宇垣。
「いや、俺と一緒にゲームやるメリット、なくねえかなって……」
「メリット……ねぇ」
俺の脳裏をよぎる言葉。
――お前だけが強くても意味ねえんだよ
――もっと仲間のこと考えてくれ
――ごめん、もうキミにはついていけない
――酷いギルドマスターだ、最低だね
蓋をしたはずの記憶が、不快感と共に俺の喉元にせり上がってくる。
苦しさが、重苦しい後悔の味が、滲むように口内に広がる。
やっぱりだめだ、俺はまた迷惑をかけてしまうに違いない。
はっきり断ろう。
そう思って咄嗟に、
「む、無理に気を遣う必要は――」
「――湊くんとだから一緒にやりたいんよ」
「……え」
宇垣は立ち止まって、俺を見据えて、そう言った。
俺も宇垣を見つめ返す。
ブロックの上に立つ宇垣の目線が俺と同じ高さにあった。
「言ってくれたでしょ? 自分なりに楽しめって」
彼女はひらひらと舞うように俺の前にやってきて、とびきりの笑顔をみせる。
「いった、けど……」
「湊くんに誤射して、サポートしてもらって……姫プレイってやつ? それで、二人で一緒にハイタッチするの、これが私の楽しみ方。いいでしょ?」
それは姫プレイって言わねえよ、などと思いつつ。
ぱっと華が開くように笑う宇垣。
それから少し真剣な顔つきで話を続ける。
「私ね、あんまりゲームとかやらないでこれまで生きてきたの。でも、最近は皆EUばっかだし、ついていかなきゃ~って必死でさ。でもそういう焦りでプレイしても何も楽しくなかったんだよね」
夜の空を見上げる宇垣の表情は、笑っているようにも悲しんでいるようにも見えた。
俺も彼女の視線を追う。夏の夜空には無数の星が瞬いて見えた。
「焦り……か」
「そ。自分だけおいていかれるのが怖くて、がむしゃらに前に進んだ気になって……追いつくだけじゃ、結局何もできっこないのにね」
形容しがたい強迫観念。
境遇、経緯は違えど彼女の気持ちが少しだけ分かるような気がした。
「配合もさ、最初は皆に追いつくためだったんだ。グレートタンクを一撃で倒せるような武器を手に入れたら皆に追いつけるかなって。……でも止めることにした。一人でやってもどうせつまんないし」
「止めて、どうするんだ?」
「だーかーらー、湊くんと一緒にやるの。二回も言わせんなー」
むくっと膨れた可愛らしい顔で俺の頬をつつく宇垣。
ネカフェで隣に座られた時から思ったが、この距離感に俺の好感度スカウターにダイレクトアタックしてくる。
近い、かわいい、良い匂い。
キモい一句が出来そうである。
しかしそれ以上に、その発言が信じられなかった。
「……お、俺と一緒にやる? 正気か?」
「そだよ。話を合わせるためにEUをプレイする必要なんてないってわかったの。それで離れちゃう友達なんてそれまでだし、私の人生も私なりに楽しまなきゃってね」
「人生を自分なりに……」
「どう? 良い考えでしょ?」
「……」
脳裏によぎるナイフのような言葉が、
視界を歪ませていたはずの痛々しい過去が、
ゆっくりと俺の手から離れていく気がした。
俺も、考えをアップデートするべきなのかもしれない。
過去に囚われて、前に進めないままでいたら、またきっと後悔する。
だから今は、自分なりに俺の人生をプレイするんだ。
せめて俺と一緒にゲームしたいと言ってくれる人にくらい、素直になっていいだろう。
「――ありがとう、宇垣」
無意識のうちにこぼれた言葉に、宇垣はドギマギしていた。
「えっ、あ、め、面と向かってお礼を言われると困るんだけど……なんもしてないし」
「あぁ、だからこれは俺の自己満だ」
「えー?……なにそれ。変なの」
「凸凹コンビ感あって良いだろ?」
俺の言葉に宇垣はくすりと笑った。
そうしてまた二人、夜の街をゆっくりと歩き始める。夏の暑さが穏やかな夜だと思っていたが、どこからともなくか熱を感じていた。
「――あっそうだ、相性抜群コンビの門出を祝って飯でも食べて帰っちゃう?」
「なんだその門出。……でも悪くないな」
「お、ノリ良いねぇ~ この調子じゃ案外私たちもリアルで配合するような男女の仲に——」
おいおい何をまたふざけたことを、と言おうとした。
のに、宇垣がなぜか固まっている
「男女の仲に……に、に……あれっ、なんで私想像して恥ずかしくなってるんだろ……」
「どした?」
「な、ななななななあなななあなんてね~ あはは冗談冗談。いや、冗談というか、そもそも何のことやらって言うかまさかまさかの展開というか、あ、ててててええ敵だ!! と、突撃ー!!!」
言って、明後日の方向に駆け出していく宇垣。
「なんなんだ、あいつ……」
女子というのはやはり良く分からんな、そんなことを思いながら俺は自分の頬が緩んでいることを自覚していた。
ファミレスで二人他愛もない話をしながらメシを食べて帰宅。
その日は久々にしゃべり倒した疲れからかよく眠れた。
が、
異変が起きたのは、翌朝だった。
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