第8話 露呈
「――昨日、第7サーバーで有名なグレートタンクがキルされた件。あれって、湊くんがやったんだよね?」
宇垣は俺を見上げたまま、俺に問う。
俺は無意識のうちに息を飲んでいた。
「……な、なんだそれ。お、俺はそもそもEUなんかプレイしてな――」
「――アンナちゃん、いや、倉西杏。私あの子と友達なの」
「はぁ?」
アンナ。俺が昨日助けた倉西杏のことだ。
「昨日の一件があまりに衝撃の光景だったから、隠密スキル使って、Mってプレイヤーを尾行してたんだけどさ――」
ん? 今さらっと怖いこと言わなかったか? 尾行?
「道中、誰と話してたかは知らないけど、アンナちゃんのことを" 倉西 "って呼んでたでしょ? だからMは杏ちゃんの同級生だなって思ったの。んで、今日一日かけて片っ端からAクラスの生徒のアカウントを探って、最後に残ったのが湊くんだったって訳。どう?」
まさかあの時の八重樫との会話が聞かれているとは……迂闊だったな。思わぬところに知り合いがいるものだ……。
「どうって言われても……Aクラスじゃない可能性は考えなかったのか?」
「ん~、まあ無くはないだろうと思ったよ。でも可能性としてはAクラスが一番高い、でしょ? さ、答え合わせだよ湊くん」
Aクラスの人間全員のアカウントを探るなど、恐るべき行動力ではある。
が、俺の保身は揺るがない。
「……俺はEUなんてプレイしていない、それ以上でも以下でもない」
「ふーん……」
俺の尖ったモノ言いに、ようやく宇垣が反抗的な態度を見せてきた。
「……そこまで言うなら証明して見せてよ。今、ここで」
「証明?」
宇垣は頷いてディスプレイを指さした。
「EUのアカウントは生体認証による1人1アカウント制。今ここで湊君がEUにログインしてくれたら疑惑は晴れるよ。ほんとに" M "じゃないなら、の話だけどね」
あくまで俺の正体がMであるという事実は揺らがない、という自信に満ちている。まあ、そうでもなけりゃ俺をわざわざ誘う訳もないか……。
……強い言葉を誘い出して、退くに退けなくさせる。最初からこれが狙いだったのだとしたら強かだな。
困った。というか、とっとと観念した方が良いな。
俺は両手をぶらりと挙げた。
「……わかった、お手上げだ。何が狙いだ?」
俺の正体を分かった上で呼び出すなんて、相当な要件であるに違いない。カツアゲだったらまだ可愛い方かもしれない。
だが、宇垣は俺の言葉の意を介していないようだった。
至極普通の表情で言う。
「え? いやだから配合してよ」
「……はぁ?」
「きのぼう+9999で課金ジョブのグレートタンクを一撃。あれ痺れたんだ~! ビビっときたっていうか鳥肌立ったって言うかさ。私も配合してみたい! ってなったの。だから――配合の師匠になってくれませんか! お願い! 湊くん!」
頭を下げて俺に握手を求めてくる宇垣。
握手=子弟関係の締結なのだろうが、なんていうかこう、告白みたいな雰囲気だな。カップルシートだし。
「あー……えーとだな……」
なんと言葉を返したものか。
俺が大して友達も多くないのに、EUをやっていることをひた隠しにしているのは界隈の奴らに見つかると面倒だからだ。
フレンドとやるEUはこの世のモノとは思えないほど楽しい。
繋がりが新たな繋がりを生んで、コミュニティを形成し一体感を醸成していく。
そうして、もう一つの
誰とでも繋がれるMMOだからこそ、繋がりの崩壊は生々しいし、痛々しい。
俺はそれを痛いほど知っている。
だから、ソロプレイヤーになったんだ。
「お願い、あんなの見せられたら気になって声かけちゃうよ」
「い、いや、あれはだな、ちょっとした暇つぶしというか……」
「暇つぶしでいいから私と一緒に遊んでください! 初心者プレイヤーの私を弄んでいいから!」
「ちょ、意味変わってくるような言い方をするな!」
「私を弄んでッ! いじりたおしてっ!」
「だからやめろって! いかがわしい感じになるだろうが!」
「――ぷぷっ。おもしろ、湊くんって案外ちゃんと喋れるんだね」
噴き出すように笑う宇垣。
「意外にってなんだ、失礼だな」
「ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなって。――で、どうかな、配合一緒にやってくれない?」
ぱっちりした目で、真っ直ぐこちらを見据えてくる宇垣。
その純真無垢な表情に、俺の牙城は今にも崩れそうになっていた。
まあ、今更俺が復帰したことがバレたって、誰に迷惑かかるわけでもないか。
人間、心配事の8割は実際には起きない、みたいな話をどこかで聞いたことがあるような気がする。
第一、今のEUの環境で俺が前線で戦えるわけもねえし。
「……分かった、でも俺がEUをやってることは内密にしておいてくれ、諸事情あってな」
「ん? 良いけど……なんかあるの?」
「まあ、色々な」
幸い宇垣は初心者プレイヤー。俺のかつての素性を知る人間ではないのが好都合だ。これなら、きのぼう+9999に使ってきた配合素材を万が一に見られても、怪しまれることはないだろう。
「諸事情……。なんか拗らせてそうな予感。もしかして湊くんて中二病だったりする? 邪王炎殺黒龍波とか撃ったりするの?」
「誰が中二病だ、というか幽遊白書見てんのかよ」
「れいっがーーん! どぴゅっ!」
「そんな効果音じゃねえよ!?」
「あれ? 違う?」
「ちげえよ! お前さてはわざとやってるな!? つーか俺のことからかってるだろ!?」
「あ。起動した。早くやろ、時間ないし」
「――くっ、なんだこいつっ!」
こうしてひょんなことから打ち解けてしまった俺と宇垣はEUをやり始めた。
ディスプレイに端末を繋いで、ローカルネットワークに繋いでのマルチプレイ。
『パーティメンバーの参加を待っています……』
何度も見たはずの、それでもどこか哀愁を感じてしまうそのMSGに、湧き上がる興奮を思い出していた。
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